第10回 林雅子賞 『Rolywholyover A Circus』 瀬川 翠

選定会開催日: 2012年2月25日( 土)
選定委員長: 内藤 廣(内藤廣建築設計事務所)
選定委員: 五十嵐 淳(五十嵐淳建築設計事務所)
赤松 佳珠子(CAtパートナー、40回生)
会場: 日本女子大 新泉山館1 階 大会議室

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第10回林雅子賞選定会のご報告

2012年2月25日(土)日本女子大学新泉山館1階大会議室にて「第10回林雅子賞選定会」が行われました。
選定委員長に内藤廣氏、選定委員には五十嵐淳氏、赤松佳珠子氏を迎えました。会の冒頭では、小谷部育子教授がご挨拶され、昨年11月30日にご逝去された林昌二氏を悼み、「今回林雅子賞も10回目を迎えましたが、今まで欠かさず参席され、何よりもこの選定会を楽しみにしておられた林先生が、昨年11月に亡くなられ残念な思いです。今回はこの華やかな会がすばらしい会になりますよう、林先生に対する感謝の意を表して黙祷を捧げたいと思います。」と会場全員で1分間の黙祷を捧げました。

今回の応募総数は10作品でした。応募者の緊張の高まる中、最初に応募者全員のプレゼンテーションの後、各作品についての選考委員との質疑応答が始まりました。赤松氏の質問、そして五十嵐氏の厳しい評に緊迫した空気が流れ、内藤氏のフォローに応募者も励まされながらも混迷した質疑応答に、会場の空気も騒然としたりどよめいたり。それでも後半は、選定委員に対し戦々恐々としながらも立ち向かう応募者に、応募者同士が元気な応援の掛け声をかけるなど、学生らしい明るさと元気さも見られ、その後一次審査で5作品に絞られ、二次審査を経て、最終的には林雅子賞1作品、各選定委員による内藤賞、五十嵐賞、赤松賞、の3つの作品が選定委員賞に選ばれました。

・林雅子賞  瀬川 翠さん
「Rolywholyover A Circus」
道を「人やモノが活き活きと出会う場所として再定義する。」
近年都市部の住宅地は、個性をなくし、コミュニケーションが希薄になったといわれる。しかし、実際にはTwitterなどのSNSが街に代わって偶発的なコミュニケーションの場を担っている。よく観察してみると個性的に暮らしている住人だが、なぜ住人たちの「暮らしぶり」や「コミュニケーション」が見えない街になってしまったのか?
東京中野区野方、街への帰属意識や定住する意思の弱い、多くの単身者が住む道を計画。この計画では「動線」や「制度上の結末」でしかなくなってしまった無表情な街から、「住人達の多様な生活」を顕在化し、人やモノが出会う生き生きとした道を提案する。
使われ方を意図された空間では「想定外の出来事」を排除してしまい、住人達の多様化した生活に対応できない。住人達の多様化した生活に対応するために、「空間にアフォードされた行為」が意図されずに重なることで、人と人、人とモノとの新しい出会いが生まれるのではないか。そこでデザインの過程に「建築家の主観の及ばない偶然の要素」を取り入れ、音楽家ジョン・ケージのチャンスオペレーションという、過程に偶然性が関わる手法を参考に、空間や行動のキーワードを入力すると、機械的にシャッフルされた文章が作られるネットゲームを作り、実際にTwitter上で様々な人に試してもらい、その結果を用いて設計している。抽出されたキーワードで隣り合う2つの空間を連続させるなど、結果をもとに偶発的にできた空間を、透明な不燃性のプラスチック素材を使ってさらに敷地形状、周辺環境により変形させ、この場所に適応させる。
出来上がった多様な場所は、ドーム状の天井でプラネタリウムをみるレストラン、コンビニダイニング、階段を使った劇場など、住民達の想像力を掻き立て、使われ始める。人々の趣味や興味を成立させ、新たなアイデンティティへと繫がり、漂流する単身者に帰属感を生む。

評価
瀬川翠さんの作品に対する最初の感想、一次、二次審査と熟考を重ねての各氏の評価は、赤松氏からは「現実性、リアリティや偶然さなどの方法論としては疑問に思ったが、不思議な空間、そういった場所ができている面白さを感じ、こういうものがやりたいという意思の力強さを感じる。」五十嵐氏からは「本人の生理的な美意識が一番出ていて、オリジナリティがあると思った。莫大な情報が簡単に得られてしまう今の時代では、相当数のボキャブラリーが出尽くし、さらに新しいものやオリジナリティを生むのは難しい時代になった。ということで選ぶなら、僕は本人からにじみ出る美意識を大事にしたいと思う。今回の作品では、どういう風に建築を考えたいかが素直に表現されていた。形式として計算されているのであれば、もっと丁寧に詰められていれば素晴らしい。ボキャブラリーを超えた何かを見出せるともっと何か発見できるのではと思った。」内藤氏からは「形のおもしろさ、という点では特徴があり、卒業設計らしい作品だと思う。ただ、本当のオリジナリティを何処に求めるのか、ガウディの『オリジナリティはオリジンに戻ることだ』の言葉のように、私とは何かを問うた時にどううまく形になっているのがオリジナリティだと思う。形を決めるのに他者性を求めなくてもいいと思う。」との評価の中で、最終的に林雅子賞受賞に至りました。

各選定委員賞としては次の3作品が選ばれました。

内藤廣選定委員 特別賞 山梨聡美さん 「更新のハコ」-地方港町商店街における再生デザインの提案―

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後継者や財政不足などを抱える静岡県の衰退する商店街の一画を、日常的に人が集まる空間として環境を造っていくためにコンテナを再利用し、“更新のハコ”を積み上げて、街と港が相互に変化する集合住宅や賑わいのある魚市場食堂をつくる計画。
「コンテナの積み方に山梨さんの造形力を感じた。港町には仮設的な建物がよく似合うし、仮設的な街でいいと思う。賑わいと空間がつながり、魅力的なものが出ていたと思う。市場との関係をもっとつけてコンテナなりのアイデアが入るといいと思う。思いきりやってみるともっと面白い。」と内藤氏の支持を得ました。

五十嵐淳選定委員 特別賞 井上季美子さん 「だんだん」-人と人が上手い具合に出会える場―

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出雲市宍道湖はノスタルジックな街だが過疎化が進む。豊かな自然と人心の優しさのある街を、より良く人が出会う場として再構築する。版築(はんちく)という、みんなで土を盛り上げてつくり、“みんなのイエ”としてゲストハウスを設計。
五十嵐氏からは「社会の問題点について一番素直に取り組んでいた。分かりやすい場所でシンプルな提案に好感がもてた。古い建物はそのもの自体に力を持っていて、それに手を加えようとしていることはいい。手を加えることでもっと何か、ハッとさせられるような空間にしてほしいと思う。」という評価でした。

赤松桂珠子選定委員 特別賞 鈴木優子さん 「街嚢(がいのう)」-木造密集市街地における街区形成の形―

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目黒区の住宅街、木造密集地域を街嚢(がいのう)と称して内側の劣悪な環境を魅力的な空間に再建する計画。
「木造密集地域に対する問題意識は面白いと思う。プロポーションを練り、外と内と交わるところにもう少し提案があるといい。」と赤松氏の支持。内藤氏からも「ネーミングがいい。」と評価されました。
他にも、ガソリンスタンドが直面している、現実的な問題に向き合っていて視点が面白いと評価された、武者香さんの「“まち”ステーション~ガソリンスタンドの転用性とその有効性~」や、曲線の美しさ、美意識が感じられる小柏典華さんの「ENTRANCE PLACE -巣鴨に適したサードプレイスの形成―」の2作品もノミネートされました。

総評
・内藤廣選定委員長
「今回の選定会の私の一番の関心事は、昨年の3.11以降初めて出てくる卒業設計ということで、若い人は建築をどう受け止めているのか、何を求めてどう表現しているのかがとても気になりました。極めて誠実に向き合う人もいれば、純粋な形の面白さに向き合う人もいるし、感想としてはなんとなく卒業設計としては臆病な所があると思ったが、それはそれで素直な感情として納得します。今、本当に建築で何が出来るかが三陸福島で問われていると思います。親の世代が作ってきた戦後60年を見直す時期にきているのかもしれないですね。うまく接続できていなくて形にできなかった人もいるし、高い目標を持ったがうまく表現できなかった人もいます。でも若いからこれからもっと伸び代があります。自分が頭で描いたこと、思ったことをあきらめずに、世の中で思ったことや感じたことを建築でどう表現するのかを考えていって欲しいです。“人と暮らす”こととは何か、“生きる”とは何か。これからを若者に期待します。是非とも頑張ってもらいたいと思います。」

・五十嵐淳選定委員
「今日は言いたい放題でしたが、皆さんがそれぞれ見つめている視点も正しいと思います。物足りないと思ったのは、本人から出てくる“狂気”みたいなものをもっと感じたかったです。本当にやりたいと思ったことを意地でも通して欲しいです。そこには責任も伴うのですが、継続的に建築を続けていって欲しいと思いました。」

・赤松佳珠子選定委員
「卒業設計で皆さんが考えてきたことは大きなものなので、自分の殻に閉じこもらず、社会との接点が大事だと思います。最終的に空間としてどう表現するのか、造形力、デザインの能力、などを丁寧にコミュニケーションしながら自分が考えたことを表現していって欲しいです。社会は厳しいし苦しいが、それは愛情に裏打ちされているのです。言われたことに立ち上がる勇気を持ってやって欲しい。何かを変えていこう!というエネルギーは感じたのでがんばってください!」

長時間にわたる選定会でしたが、ご協力いただいた多くの皆様に感謝申し上げます。中でも選定委員長の内藤廣氏をはじめ、五十嵐淳氏、赤松佳珠子氏の選定委員の方々には、応募者の各々のプレゼンテーションや作品に集中力を持続させて審議し、鋭い観察眼で厳しくも愛情のある評価をそれぞれの応募者に丁寧にアドバイスしてくださいました。厚く御礼申し上げます。また住居学科の先生方をはじめ、関係者のお力添えにもこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

(撮影:会報係 尾崎、HP係 崎田 記:HP係 作道)

選定委員長より  選定委員長 内藤 廣氏

女子大での審査というのではじめは緊張しましたが、五十嵐さんが辛めの直球勝負の質問をしたあとに赤松さんが優しくなだめる、という絶妙の組み合わせだったので、わたしは司会役にまわることで楽しく時間を過ごすことが出来ました。
なんといっても、この場に林昌二さんがおられないのは寂しい限りでした。魑魅魍魎が跋扈する建築界に対しては辛辣な批評を投げかけ続けた林さんも、志と希望を持つ若者にはこの上なく優しい人でしたから、この企画はなによりも楽しみにしておられたのではないかと思います。雅子さんとともに、唯一の希望は若者にしかないと思われていたのではないでしょうか。
わたし個人として気になっていたことは、今回提案されるプロジェクトが、3.11以降始めて現れるものだということです。あれだけのことが起き、まだ事態は収束していないのですから、若い感性が何も感じないということなどあり得ません。若い世代が3.11をどのように受け止め、それを表現の中にどのように織り込もうとしているのかに興味がありました。
感受性豊かでナイーブ、人と人とのつながりを大切にし、地域社会へのコミットの仕方も忘れない。これらの点がどのプロジエクトからも感じられました。能天気に明るい未来を思い描くことなど今は出来ません。地に足をつけ、人と人とのつながりに視点を移し、街を育む、そんな優しさを感じました。この立ち位置は、当然のことながら明解さを犠牲にすることになりますが、これは、人として、女性として、至極真っ当な反応だったのではないでしょうか。
この隘路を抜けてプロジェクトに説得力をもたせることは至難の業です。そんななか、審査委員の多くの賛同を得たのが瀬川さんの案でした。中野を題材にし、通常では見えないコミュニティを視覚化しようというプロジェクトです。町中を這い回る不定形のシェルターには、不安定で脆い人と人とのつながりの在り方が、無意識のうちに表現されているように思いました。それと対称的だったのが、井上さんのプロジェクト。島根の伝統的な酒蔵の改築計画です。確かなものがないときは、伝統の中に身を埋めてみる。これもひとつの考え方です。ひたすら実務的かつ即物的なスタンスに固執しようとした気分はよく分かります。
他のどのプロジェクトも充実した内容でした。オトコマサリ、という言葉は死語になったのでしょう。これからは男性に対して、オンナマサリという言葉が出てくるかも知れません。3.11以降の時代の趨勢を見れば、人の暮らしに寄り添った新しい価値は、女性の側から提示されるのではないか、と思えた審査でした。

内藤 廣