第14回 林雅子賞 『川に積もる雪・集う人-三条鍛冶が運ぶものづくりからの再生』武田 基杏(タケダ キキョウ)

日時:2016年2月20日(土)
選定委員長:竹山聖(建築家)
選定委員 :大西麻貴(建築家)
選定委員 :貝島桃代(建築家/41回生)
会 場  :日本女子大 新泉山館1階 大会議室

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第14回 林雅子賞選定会のご報告

2月20日(土)日本女子大学新泉山館1階大会議室を会場とし、選定委員長に竹山聖氏、選定委員に大西麻貴氏、貝島桃代氏をお迎えして第14回林雅子賞選定会が行われた。
今回の応募総数は11作品。まずたくさんの学内外の見学者が見守る中、三つのグループごとに、応募者のパワーポイントによるプレゼンテーションが行われた後、模型を前にして、選定委員の先生方の質疑を交えながら、具体的な設計内容について応募者各々の想いを伝えた。その後、選定委員が各4作品ずつ選んだ上でディスカッションを行い、審査が進められた。その結果、選定委員3名全員から得票した作品が林雅子賞に決定され、選定委員特別賞は各選定委員が選び、すべての賞が決定された。

・林雅子賞  武田 基杏(タケダ キキョウ)さん
「川に積もる雪・集う人-三条鍛冶が運ぶものづくりからの再生」

地方都市は大都市と同様な発展を狙い、部分的には実現されてきた。しかし地方の多様性をどう扱い、自己形成させていくか。資源をより良い形で維持するための新しい基盤を提案すべく、新潟県三条市を敷地として選び、この町の積雪、川、町工場の三つの地域特性を、建築を通して顕在化し、住民主体で三条の町を盛り上げていくための場として橋を架けることを提案。その橋は川によって分離されている三つの岸(地域)を繋ぐ新しいコミュニティの場となる。2.3階はオープンデッキで人々が自由に行き交う場所。1、B1階は町工場、親水空間。それぞれの機能が断面的に混ざり合うことで、住民と工場はお互いの活動の背景となる。構造的特徴としては川の流れと速度に適応した形、日本海地域特有の雪囲いの形を元にした屋根。それを連続的に作ることで構造上強度の向上と同時に雪に反応する空間をも作り出す。その屋根には雪が積もり、「川に積もる雪の風景」という新たな風景を生む。この橋が三条の新しいシンボルとなり、多くの住民に利用される場となってほしいという武田さんの想いがあった。

選定委員からは、構想が雄大であり、格調も高く、スケール感があるという点が高く評価された。また、毅然とされていた林雅子先生の賞としては相応しいものであるとの意見もあった。その他、江戸時代にあってもおかしくないくらいの提案であるといった意見や橋を架けることが川の意味を変えるぐらいの提案をしてみてはどうかといった意見もあった。


各選定委員特別賞としては次の3作品が選ばれた。
・竹山聖 選定委員特別賞   小黒日香理(オグロヒカリ)さん
「初音こども園」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA自分の故郷である都市を、子供たちが学びの場とすること無く成長してしまう教育環境に疑問を感じ、街と関わりながら成長することの出来る教育施設として、こども園を提案。園を地域に開放し、『こども園+地域交流の拠点』となる場所を計画した。敷地は谷中5丁目、大小の公園が点在する静かな寺町。それぞれのVoid Spaceに意味を持たせ、よりその特徴を生かすように建物を環状に配し、それをシンプルな屋根で繋いだ。既存の地形を生かし、バラバラの建物を環状にまとめることで子供達が安心できる居場所となるよう設計した。敷地の構成、空間的なデザインの面白さや完成度が高く評価された。



※またこの作品は、このあと行われた赤レンガ卒業設計展2016においてグランプリを、せんだいデザインリーグ2016卒業設計日本一決定戦において日本一を受賞しました。

・大西麻貴選定委員特別賞 吉永 沙織(ヨシナガ サオリ)さん
「生き続ける家-心的イメージと感情における空間モデルの構築」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA意識と無意識、日常と非日常の間にある現実の狭間を経験するとき、自己の存在を認識する。F(心的イメージ)、f(感情)この二つが生き続ける家には必要ではないか。という視点から、設計提案を行った。場所は、港区虎ノ門三丁目。映画から心的イメージや感情を想起しやすいシーンを切り取り、それを人生の出来事における感情とリンクさせ、並べた後、折り返してできた二つのらせんを重ね合わせる。そこでできた余白や交わった部分から予想不可能な感情や心的イメージの空間が生まれる。この現実の狭間が創造され続ける限り家は永遠に生き続けるであろうという期待を込めた作品であった。
選定委員からはコンセプト、プロセスが非常に面白い。しかし、それを最終的に図面や模型に落とし込めていないとの指摘もあったが、これからの可能性を非常に強く感じさせる作品であったことが高く評価されたようだ。
・貝島桃代 選定委員特別賞   小川理玖(オガワリク)
「ポップアップホテル」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA都市にはフェンスに囲まれたまま何年も放置される計画道路用地が多数存在することに着目。道路用地取得完了までの期間限定でその敷地を有効活用し、その魅力が人々と地域を活発化させるような仮設的建築物を提案した。
敷地は新宿区新大久保駅付近の都市計画道路、補助第72号線。単管足場を用い、隣接する周囲の環境によって空間サイズと機能を決定した。用地取得の進捗に伴いポップアップホテルが建設され、繋がっていくことで簡易的な宿泊施設から、機能が充実し街へと開かれた住民と旅行客が交流できるような空間を設計した。選定委員からは、問題設定や、今後のオリンピック開催等の流動的状況に対応できる可能性が評価された。また、細かく作り込まれた模型、プレゼンボードの描写ともに高評価であった。

※またこの作品はこのあと行われた第39回レモン画翠学生設計優秀作品展においてレモン賞を受賞しました。
選定委員の先生方の総評として、分かりやすくまとめられたプレゼンテーションを評価して頂いた。竹山氏からは「全作品が素晴らしいプロジェクトだった」とのお言葉を頂いた。大西氏は「手法に重きを置いたプレゼンテーションが多かったので、その建築に対するモチベーション等、ストレートな”想い”を伝えると更に良くなる」とアドバイスを頂いた。また卒業生でもある貝島氏からは「自分自身に問いかけるような作品が多かった。皆さんにとって重要な作品になると思うので、それぞれ発見した課題を更に発展させていって欲しい」とエールを頂いた。

今回の選定会で頂いた賞賛や貴重なアドバイス、そして新たに見つけたそれぞれの課題を大切に、新しい世界でもより一層輝いて欲しいと住居の会一同、期待している。

選定会が盛会のうちに無事終了できましたこと、ご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます。特にお忙しい中、選定委員長を務めてくださった竹山聖氏はじめ、大西麻貴氏、貝島桃代氏の選定委員諸氏に厚く御礼申し上げます。また住居学科の先生方をはじめ関係者のお力添えにもこの場を借りてお礼申し上げます。(文責:HP係藤永恵美)

 

 

IMG_1683選定委員長より 
第14回林雅子賞公開選定会を終えて
竹山 聖氏   

今年度の林雅子賞公開選定会は2月20日に行われた。ちょうどNHK朝の連続ドラマ「あさが来た」の主人公が日本女子大学創設者の広岡浅子をモデルとしていることもあり、女子教育の歴史にも思いを馳せつつ、貝島桃代さんと大西麻貴さんとともに選定会に臨んだ。貝島さんは日本女子大出身であり、彼女の頃が卒業設計の草創期にあたるという。大西さんは京都大学での私の教え子だから京大の雰囲気はよく知っている。京大では計画系のほとんどの学生が卒業設計に挑むが、日本女子大ではごく少数がこれにチャレンジすることを知った。提出されたのは11作品である。設計を志す精鋭たちである。これは模型や図面からも、プレゼンテーションからも、十分にその自負と才気が感じられた。
さて選定会本番、学生たちのプレゼンテーションがはじまる。そもそも卒業論文と連携して作品制作がなされるシステムなので、最初に背景と目的が語られ、コンセプトや手法、そして最終的な解決、という順にプレゼンテーションが進み、きわめて論理的なアプローチを取っていることがわかる。おそらく多くの大学の卒業設計は(少なくとも京都大学のそれは)より直観的であり、個人の思想の展開が表現される傾向があるので、リサーチや分析に基づくその思考の整合性は新鮮かつ驚きであった。
スライドプレゼンテーションのあとの質疑応答では、クリティークの側からのさまざまな問いかけや新たな視点からの問題提起、さらには誘導尋問的な質問もあって、つまりは、どこまで学生たちが深く問題を捉えようとしているか、豊かな建築空間を構想しているかを、限られた図面や模型の表現をこえて読み取るための応答的な議論が展開された。学生たちはそうした時に厳しく鋭い質問にも堂々と応え、これには感心した。おおよそ的を外さない。だからさらに質問もレベルが上がっていって、きわめて質の高い議論ができたように思う。
しかしこの場はただのレビュー(講評)でなく、審査、選定である。そこでふるい落としにかかるための質問も行われる。社会的な課題をしっかり受け止めたとして、その向こうに展開される世界が果たして未来の都市ストックを担いうるものかどうか、現実に対するある種の批評や理想の提言が行われるのであるが、それが社会的に、文化的に、経済的に、制度的に、真に意義深い提案となっているのかどうか。プログラムの斬新性は、コンテクストへの応答は、形や工法の適合性は、景観への提案性は、歴史へのまなざしは、共感を呼び起こす物語性は、豊かな生の場面を形成する空間性は、etc.・・・、と問いかけは続いていく。
最終的に、投票をベースとして議論を進めていくこととなった。最高得票を得た作品が自動的に選ばれるのではない、という条件付きで。まず一人4票を入れてみることにしたのだが、ここで大きく割れた。私と大西さんの票が3作品まで一致し、貝島さんは誰とも重ならぬ3作品を選択した。最終的には全員が重なった1作品が林雅子賞となり、その意味では最高得票数の作品が選ばれたわけだが、そこに至るまでには、各自のイチ押し作品をあげたり再度説明をしてもらったり、多角的な議論を重ねて、最後に最優秀に辿り着く、というプロセスを踏んだのだった。判断の基準が分かれた理由の一つは、社会に対してプログラムとして何かを提案するという方向を重視するか、そこで実現されている空間的構想力の豊かさを優先するか、ということであったように思う。
この点では、林雅子賞の作品は、川の上を走る詩的で幻想的な空間を表現しつつ、分断された三つの岸を結び、地場産業への配慮も語られるという、総合的にレベルの高い作品であったといっていいだろう。貝島さんの選んだ特別賞は、道路拡幅で束の間空いた土地に仮設的なホテルを増殖させていき、地域にインパクトを与えつつ,最後には消滅していく、という批評性と物語性の高い作品であった。大西さんの選んだ特別賞は、独特の空間的想像力に導かれた、私的な思い入れの強い空間を紡ぎ出し、絡ませていく作品であった。私の選んだ特別賞は、微地形との関係を利用しつつ、うねりや襞のある空間を連続させて、町のもともと有する静的な場に重ねてもうひとつの動的な流れを配する作品であった。
11作品それぞれが、確かな思考に導かれて強く美しく、なにより、きわめてポジティヴで肯定的、いい意味で社会を信じ、都市を信じ、決して斜に構えたりニヒリズムに逃げ込まず、前向きな若さにあふれていたことを強く強く感じさせるものであった。