選定会開催日: 2013年2月16日( 土)
選定委員長: 小嶋一浩(CAtパートナー)
選定委員: 平田晃久(平田晃久建築設計事務所)
末廣宣子(NKSアーキテクツ/33回生)
会場: 日本女子大 新泉山館1 階 大会議室
第11回林雅子賞選定会のご報告
2013年2月16日(土)日本女子大学新泉山館1階大会議室にて「第11回林雅子賞選定会」が行われました。
選定委員長に小嶋一浩氏、選定委員には平田晃久氏、末廣宣子氏を迎えました。
今回の応募総数は10作品でした。応募者全員のプレゼンテーションの後、各作品の質疑応答がなされました。
ここでは選定委員のするどい質問や新しいアイデアに対し、学生らしく明るく元気に応える応募者の姿が見られました。
そして一次審査で4作品に絞られ、二次審査で林雅子賞と3つの選定委員特別賞が選定されました。
・林雅子賞 罍(モタイ) 彩子さん
「イダマリ -人の拠り所になる空間の提案-」
現代の都市には「拠り所」が不足しているように感じる。
本来人が留まるべきである空間「広場」に対して提案する。
神奈川県横浜市のJR桜木町駅前広場。
ここは、駅からみなとみらい地区、関内方面、赤レンガ倉庫方面への人の流れが錯綜する利用客の多い大きな広場である。広場であるにも関わらず、人はただただ「見えない道」にそって流れるだけで、誰も立ち止まろうとはしない。この広場としての役割を果たしていないこの場所に「拠り所」を内包するような空間の提案をした。
完成度の高さ、シンプルさ、新鮮さで3人の選定委員共通の高評価を得た。
小嶋氏からは、壁をもたれあわせるアイデアや、プログラムがないところに、自分ですべてを根拠付けたところを評価された。
平田氏からは、「卒業設計で、これからは住宅・建築だけでないことをやっていかなくてはいけないのでは?」という意見が出された。
各選定委員賞としては次の3作品が選ばれました。
・小嶋一浩選定委員 特別賞 加藤ひかるさん
「壁に寄り添う家族 -匿名性と顕名性を行き交うシェアハウス-」
ばらばらになった個人を結びつけることができるのは共有、シェアすることである。
占有するのではなく互いの生活・意識を共有し、婚姻や血縁ではない新たな家族の形態としてシェアハウスの提案を行う。
渋谷駅近くの住宅・オフィス・店舗の入り混じるエリアを敷地とし、オフィス・コモン・プライベートの含まれる建築を考える。
空間を構成する壁・床・天井の三要素の中で、壁にフォーカスし、連続した壁が、表になったり裏になったりしながら連続し、場を包み込んでゆくように表現した。
ドローイング・表現が上手いと平田氏から評価を受けた。
末廣氏からは、壁一枚で展開していること、コモンやプライベートを丹念に考えていることが高評価だった。
屋根やガラス(または開口)まで模型で表現されていなかったのが惜しい。説明はできていたので、完成度を上げることを期待すると小嶋氏からの言葉があった。
・平田晃久選定委員 特別賞 榎本敦子さん
「こどものいえ -リビングのある保育空間-」
東急田園都市線の二子玉川駅。駅周辺施設としてのこどもの施設を提案する。
1つの建築に保育園・児童館・ブックカフェの機能を持たせる。
リビングを中心とした住宅のような保育空間。リビングに集い“遊び”や“食事”を共有する空間。広いグラウンドがなくてものびのびと遊び回れる都市型の保育空間。保育空間でありながら、街ともつながる空間。
「こどもが初めて出会う公共施設が、リビングになっていいのかは、本日選定会にいらしている、小川先生の考えを、、、」と末廣氏。
「新鮮さの点で評価。おとなしい案なのにすごい。2枚のスラブとわずかな考え方だけで良いスペースができている。普通の割に驚いた。天井の高さやこどものスケールは再考察が必要だが、方法論として、こんなさりげない方法で実現できるなら、何か他の建築にも応用できる発見的な案であった。」と平田氏から絶賛された。
・末廣宣子選定委員 特別賞 阪本文加さん
「時と共に集う -木造密集地における新しい住まい方の提案―」
場所は、文京区本郷3丁目にある菊坂周辺木造密集地域。
樋口一葉が利用していた井戸を含む一帯。
この地域は、戦争や震災に耐え残った建物の老朽化が進み、コンクリート造へと再開発が進んでいる。
建物が変化することにより景観が乱れ、昔ながらの路地や井戸の雰囲気が失われつつある。
昔ながらの井戸を私有する路地において、路地の魅力を損なわず、かつ居住者と他者のコミュニティの場となるコモンスペースを考えた。
選定委員共通で、敷地の選び方、模型に高い評価を得た。
「模型は、屋根を外すと魅力的。模型から話を進めていくと良い。いろいろな可能性がある。」と平田氏。
「木造なので防火対策に関してもう少し考慮すると良い。木造密集地に取組むという卒業制作によくあるテーマに対し、昔からの景色を残すことを、木造へこだわって解を求めたことに好感を持った。また、建築や公共の路地だけでなく、時間軸にまで考えたプロジェクトが良かった。」と末廣氏。
選定委員の先生方の総評として、卒業設計・制作は、制約にとらわれず失敗を恐れずやりたいことをやってもらいたいが、今年の日本女子大は、割とやれていたと評価いただいた。
全体として、問題意識がはっきりしていて力のこもった作品が多かったこと、前段階のリサーチをしっかりしていることが高評価だった。
卒業生でもある末廣氏からは、他大学のような「とにかく作りました!」という力のある模型・作品が無いので、もっとやりたいことを前面に出してはと、エールをいただいた。
この日いただいたたくさんのアドバイスを糧に、社会に飛び立って欲しいと住居の会は期待している。
会の終りに選定委員各氏から震災後の建築とのかかわりについてお話をいただいた。
小嶋氏からは「アーキエイド」での活動、平田氏からは陸前高田の「みんなの家」、末廣氏からは「くまもとアートポリス」の活動について、現地の人々とのかかわりや行政と震災支援の間の建築の役割など興味深いお話をしていただいた。
選定会が盛会のうちに無事終了できましたこと、ご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます。特にお忙しい中選定委員長を務めてくださった小嶋一浩氏をはじめ、平田晃久氏、末廣宣子氏の選定委員諸氏に厚く御礼申し上げます。また、住居学科の先生方をはじめ、関係者皆様のお力添えにもこの場を借りてお礼申し上げます。
(記:HP係 高橋、笠松 撮影:会報係 、HP係)
選定委員長より 選定委員長 小嶋一浩氏
「考え抜く力」
林雅子賞選定会は、素晴らしい経験でした。未来の持つ可能性への希望を感じたからです。まず、10人の提案が、どれも綿密なリサーチに裏付けられていること。3・11から2年、私自身が学生たちとともに復興支援で被災地に関わってきて、「聞き耳をたてること」「状況を背景まで観察しぬくこと」の大切さを骨身にしみているからなおさらです。次に、分析だけに終わらず、「建築にできること」を正面から考えた提案が多くあったこと。上っ面でコンセプチュアルというのではなく、かといって「かたち」勝負というのとも全く違って、聞けば聞くほど、問いただせば問いただすほどに、提案に至った思考があふれ出てくるという、密度の高い卒業設計のイベントに出会えたのは、実は稀有なことなのです。
今年、最後に賞を競った阪本文加さんと罍彩子さんの案の現れは、一見全く異なります。阪本さんは本郷・菊坂の木密の減築的提案を、その場所の空気感を纏った魅力的な大きな模型で表現する。罍さんは、横浜・桜木町駅前広場の茫洋とした場所に抽象度の高い壁の集合体で空間を提示する案。人情VS抽象のように見えて、講評中には私自身も「どっちを林雅子賞にするかで日本女子大学のプレゼンスが変わるのでは?」とまで煽ってみせたのですが、その後聞いてみると、2人の案は、ともに途中まで「経路」というテーマを追いかけて思考はとても似ていたのだということでした。阪本さんは、木密をありがちな「ノスタルジックな感情移入」ではなく、突き放して抽象度を上げて考え抜いた揚句に、抽象とは対極にあるような最終案に到達し、罍さんは、具体的な「身体と空間の関係」を考え抜いた結果として極めて抽象度と完成度の高い作品をまとめあげたというから驚きです。文字数の制限から2人にしか触れることができませんでしたが、彼女たちに代表される作品の群から、練度が高く懐の深さも際立つ日本女子大学の設計教育とその成果に感銘を受けた次第です。今年の10人のこれからの活躍がほんとうに楽しみです。
小嶋一浩