【今こそつながろうプロジェクト】2022年建築学会賞受賞:住宅遺産トラストの活動紹介

2022年建築学会賞(業績)を受賞した一般社団法人住宅トラストの理事である木下壽子さん(43回生)から活動内容や木下さん自身のお仕事について振り返っていただきました。


住宅遺産トラストの活動について

一般社団法人住宅遺産トラストは、相続や老朽化など様々な事情により消失する事例があとをたたない歴史的、文化的に貴重な住宅建築を解体の危機から救い、新たな住まい手に継承するお手伝いをしています。従来の建築保存活動とは一線を画し、建物が解体の危機にさらされてから団体を立ち上げて保存活動を始めるのではなく、一般社団法人を設立し、いつでも住宅遺産の所有者のご相談にのれる体制を整え、所有者とともに住宅遺産の継承を実現する活動を展開しています。

きっかけは、自由が丘にある吉村順三設計による「園田高弘邸」(1955)の継承でした。この家の所有者であった園田春子夫人がご高齢になり、よりコンパクトなマンションに住み替えるためこの家を手放されることになりました。しかし、自由が丘に150坪の敷地。建物はオリジナルの部分が当時すでに築50年、増築部分も20年を超えていました。つまり、不動産マーケット上は「古家」付土地であり、建物を解体して土地を分譲する・・・というのが一般的な流れでした。そこで園田夫人は地元のまちづくりNPO「玉川まちづくりハウス」に相談。当時そのNPOのメンバーだった私も園田邸を見に伺いました。同じ時期に解体の危機に直面していた「新・前川國男自邸」同様、見た瞬間に「これは絶対に壊してはいけない」と強く感じました。私は近代住居史を研究しており、以前、A+Uのゲストエディターとして『20世紀のモダンハウスー理想の実現』という特別臨時増刊号を監修した経験があります。世界中の20世紀の名住宅を見た経験からも、「園田高弘邸」、「新・前川國男自邸」はともに、きわめて歴史的、文化的価値が高い建築であることに疑いの余地はありませんでした。

住宅遺産トラストが継承に関わった谷口吉生設計「雪谷の家」にて。建築史家のケン・オオシマさんとともに

過去の事例

住宅遺産トラスト設立のきっかけとなった「園田高弘邸」(吉村順三設計、1955)をはじめ、前川國男の二つ目の自邸「新・前川國男自邸」(1974)、「土浦亀城邸」(1935)、「から傘の家」(篠原一男設計、1961)、VILLA COUCOU(吉阪隆正設計、1957)、「森の別荘」(妹島和世設計、1994)などの継承に関わりました。いずれも、継承が成立しなければ壊されていたかもしれないと思うと、この活動を続けていて本当に良かったと思います。もうすぐ活動を開始してから15年、一般社団法人設立から10年になるのですが、実は本年度の建築学会賞業績賞をいただきました。これを励みに、これからも貴重な住宅遺産の継承に力を注ぎたいと思っています。

思い出深いお仕事について

どの事例も様々な思い出があります。小説が何冊もかけそうなくらい、印象深い人々や住宅遺産を巡る物語に出会います。ひとつ言えることは、すべてのプロジェクトが固有の問題を抱え、一般解も複数の案件に使える方程式やマニュアルもないということです。常勤理事である事務局長の吉見千晶さんとともに、所有者の方のお話に耳を傾け、それぞれの置かれている状況に沿って解決策を探っています。「これはさすがに無理でしょ」と弱気になることも度々ですが、諦めずに活動をしていると、不思議と解決の糸口が見つかるものです。理事、顧問、そして外部の専門家やサポーターの皆さまのネットワークやお力添えもあり、これまでに先ほど挙げた6件を含む14件の継承を実現しました。

最近の出来事としては、初の海外への移築継承プロジェクトで、もうすぐバーゼルに完成する予定の「から傘の家」のZoom上棟式はコロナ禍ならではのイベントで印象に残っています。

住居学科で学んだこと

住居学科で過ごした4年間は本当に楽しく充実していました。素晴らしい先生方に恵まれ、建築、特に住宅建築が大好きになりました。指導教官だった高橋公子先生だけでなく、小谷部育子先生、設計を教えていただいた林雅子先生、伊東豊雄先生、富永譲先生、隈研吾先生から受けた影響、教わったことは大きかったです。設計は大好きでしたが、自分の能力に限界を感じ悩んでいたところ、富永譲先生に「君は、芝浦工大の三宅研に行きなさい」と言われ、院試の勉強をする中で初めて建築史に興味を持ち、大学院では世界中を旅しながら建築史を学びました。修士論文はイギリスの「ドメスティック・リヴァイヴァル」というムーブメントで、やはり住宅建築がテーマでした。住宅建築に特化した住居学科で建築を学べたことは本当に良かったと思っています。そして卒業後も様々な分野で活躍されている住居学科の卒業生の方々に出会い、誇りに思います。一方で、学生時代にもっと勉強しておけば良かった、やっておけば良かったと思うこともあります。

仕事を振り返って

先ほども述べたように、住居学科を卒業後、芝浦工業大学の大学院に進学しました。そこで指導教官だった三宅理一先生は国際的に活動されている建築史家で、交換授業で参加したスイスのルガーノを皮切りに、アルメニア、東南アジア各国、フランス、ルーマニア、モルドバ、レバノン、エチオピア、ウズベキスタンなど、様々な国を旅しました。高校時代に留学で身につけた英語力が役に立ち、先生のアシスタントとして雑誌の取材にも同行するようになり、次第に、取材や執筆そのものを任されるように。そして、自分が建築について取材をすること、書くことが好きだということに気づきました。その後、イギリス(ロンドンとグラスゴー)に2年間留学し、帰国後にA+Uで2000年を記念したプロジェクトに参加。現在ワシントン大学教授のケン・オオシマさんと共同で20世紀のモダンハウスをテーマとした臨時増刊号を3年がかりで監修しました。学生時代の取材、そしてA+Uの仕事を通して世界中の名住宅をみる機会に恵まれたことは、現在、住宅遺産トラストの活動を行う上でとても役にたっています。その後、いくつかの大学で非常勤講師をしながら東京大学の博士課程(松村研究室)に在籍し、同時に結婚、出産、起業を経験しました。残念ながら博士論文はいまだに書けていませんが、現在はコロンビア人の夫とともに有限会社コミュニティー・ハウジングという会社を経営し、賃貸住宅の企画、設計、管理・運営を本業としつつ、住宅遺産トラストの活動、そして地元のまちづくりNPOの活動に参加しています。

ICONIC HOUSESのシンポジウムにて(リチャード・マイヤー設計の住宅にて)
ICONIC HOUSESのシンポジウムにて(デンマーク、ブラジルからの参加者とともに)
ICONIC HOUSESのシンポジウムにて
※ICONIC HOUSES(https://www.iconichouses.org)は、オランダを拠点とする、ハウス・ミュージアムのネットワークです。
近代住宅を公開することで、保存・活用を目指しているこの団体は2年に1回カンファレンスを実施しており、2018年にアメリカのニューケイナンで行われた第5回カンファレンスで、ハウス・ミュージアムに変わるAlternatives(他の選択肢)として、住宅遺産トラストを含む5つの組織が発表しました。
ihc18-toshiko-kinoshita-on-japanese-modern-heritage-houses

今後の展望

私はもともと建築史を研究してきたので、単なる投資対象として賃貸住宅をとらえておらず、建築的に質の高い賃貸住宅を建設、あるいは既存の建物を活用し、管理・運営することを通してコミュニティに寄与することを目指しています。現在は、世田谷区玉川田園調布と神奈川県葉山町を中心にコミュニティに根ざした賃貸住宅を運営すると同時に、住宅遺産トラストの理事として、貴重な住宅建築を保存・活用するための仕組みを構築すべく、社会的投資、不動産、相続、ファミリー・ビジネスといった分野の勉強を続けています。

住宅遺産トラストの活動は、建築だけでなく、様々な分野の専門知識や経験を持つ方々のサポートやプロボノによって支えられています。コロナ禍で数は減ってしまいましたが、見学会やオンラインイベントなども定期的に行っていますので、ご興味がありましたらぜひご参加ください。また、活動趣旨に賛同いただき、会員になっていただけましたらとても嬉しいです!


☆お知らせ☆
木下さんのご協力を得て、吉村順三設計の「園田高弘邸」の見学会を開催することになりました。2022年7月30日の予定です。詳細、お申し込み方法は住居の会だより(6月末発送予定)やホームページ等でお知らせします。お楽しみに!

2022.5.20 広報係