第18回林雅子賞 『堀開き -過去を繋ぎ未来を拓く中心の再興-』平井未央(ひらいみお)

第18回 林雅子賞選定会のご報告

日時:2020年2月15日(土)
選定委員長:原田 真宏氏(建築家)
選定委員: 能作 淳平氏(建築家)
選定委員: 佐藤 由紀子氏(建築家/39回生)
会  場:日本女子大学 新泉山館大会議室


今回の林雅子賞は、
平井未央さん
『堀開き -過去を繋ぎ未来を拓く中心の再興-』(PDF)が受賞されました。

 


今年度の林雅子賞選定会は2020年2月15日(土)、15のエントリー作品を前に、75名が参加して開催されました。

プレゼンテーションでは緊張していた学生も、質疑応答の場面では、選定委員からの助言に耳を傾け、時には反論するなど、活発な議論が行われました。
ユーモアあふれる選定委員の語りに、時折笑いが起こり、始終和やかな雰囲気でした。

結果、以下の1作品に林雅子賞が、3作品に選定委員特別賞が決定しました。


☆林雅子賞
平井未央さん 「堀開き -過去を繋ぎ未来を拓く中心の再興-」

<平井さんのコメント>
急な社会の変化、自然災害等によって幾度も歴史が分断された日本において、建築が都市の歴史を繋げることは可能か。
城を中心として生まれた近代都市は、巨大化していくにつれ核を失った。掴み難い存在となった都市において、人間の営みに応答するような「新しい中心」を考えた。
中心の空洞化が著しい都市を対象に、城の起源で、現在も実存する堀を起点とした計画を行う。住民と中心を分離していた堀の水を抜き、建築化しながら街へと開く。
それぞれの建築が堀を内包しつつ城内に向かって建ち上がることで、堀という歴史的事実が人々の生活と共に後世に残っていく。

☆原田真宏選定委員特別賞
村上 琴美さん 「法律のない裁判所」-プログラムの起源から考える新たな建築空間-」

<村上さんのコメント>
私の卒制は万人の共感を得るのは難しいことはわかっており、批判を受けるのも覚悟していたのですが、原田審査委員長にヒリヒリすると言われながらも個人賞を頂けたことを大変嬉しく思います。
この卒制を通じて建築のできることの儚さ、またそれとは逆に建築で伝えられることの大きさを知ることができました。
最後に林雅子賞選定会という貴重な発表の機会を設けてくださった住居の会の皆様に大変感謝申し上げます。

☆能作淳平選定委員特別賞
堀池 朱音さん 「首都直下地震における仮設住宅10年計画」

<堀池さんのコメント>
災害時に建設される仮設住宅は2年限定の住まいとして供給されますが、実際は8年以上も運営されている事例があることを受け、本提案では首都直下地震の発生を想定し、10年間(+災害発生前)という長期滞在を見越した住まいを提案しました。
一時を考えるのではなく、10年という長いスパンの時間軸の中で、建築の空間と機能を変化させます。
社会的問題でもある仮設住宅の在り方を変える提案にしたいという一心で研究に励み、結果としてこのような賞をいただくことができ大変嬉しく思います。

☆佐藤由紀子選定委員特別賞
田中 麻衣さん 「キマグレナケンチク ~地球環境を配慮した未来生活~」

<田中さんのコメント>
この卒業制作のテーマは、「人類はこの約180万年間の地球に対する贖罪を反省し、陸地を自然に戻す必要がある。新たな人類の生活の場として海での暮らしを提案する。」というものです。
この作品に対して様々な意見がありましたが、自分がやりたいことを1年間最後まで貫いて本当に良かったと思います。
ここまでやり切れたのは、石川先生と一緒に頑張った仲間がいたからです。
泣いて笑って夢中になったこの経験を自信にして、社会に出ても自分らしく生きていきたいと思います。

 


■選定委員長 原田 真宏氏コメント
林雅子賞となった平井未央さんによる「堀開き‐過去を繋ぎ未来を拓く中心の再興‐」は、中心にかつての天守に代わって県庁施設が鎮座している城郭を、市民に開かれた文化施設群へとコンバージョンする提案である。歴史的に真正なものとして実存しているのは円環状の「お堀り」と「石垣」だけであり、このような場合に多く行われるのはかつての城の「復元」という名の「模造」であるが、この提案ではその道は取らない。現実にそこに存在する歴史をはらんだ構造物そのものを、現在の人間がいかに今、活用できるものへと「解釈」できるか、ということに真正な歴史の継承を求めたのである。

年月を経て歴史の蓄積した石垣は、いくつかのオバケのような、物性や時間性を帯びない形態が戯れるように接触することで、文化施設へと転換されているが、その対比によって石垣の歴史的価値や魅力が明らかにされているのは作者の意図通りだろう。

また、円環状の石垣とお堀という「都市構造」をデザインのソースとして利用している点も適切である。円の接線方向に、つまりお堀に沿って歩けば個々の文化施設が次々に顔を出し、堀端の回遊動線全体としてはメタレベルの大きな複合施設のようである。次に施設へと入れば今度は中心へ向かう軸線(しかし様々な形で中心にまで到らせない)が意識される。城郭として機能していた当時は城から市街を睥睨する放射方向のベクトルであったが、市民社会である現在は中心へと実際に歩き近づくことのできる求心的なベクトルへと反転されたのである。しかもその中心が天守的なオブジェクトではなく、皆が集まる広場のようなボイドである点も歴史の変換を明示したものとして興味深い。こういったモノは変えずにイミを転じる遺構の活用・継承は、歴史の継承としても正しいものだろう。

しかし、何より評価したいのは、それは図書館だっただろうか、大きな模型を覗き込むと、最もその空間を味わえるポイントに、こまかく着色されたプライザーが座っていたことにある。先述した通り、提案された建築「形式」自体の価値はもちろん高いが、しかしその「形式」の目的は空間の中に居る人間の「経験」であることが、しっかり作者に掴まれているように、感じられたのである。かつて、林雅子氏設計による林邸を訪れたことがあったが、そこには最も良い風景を味わえる一席が、夫である昌二氏の居場所としてデザインされていた。そのことを思い出したのだ。

選考会の議論で指摘された通り、今回導入されたデザイン言語は、現在の環境を作者本人が解釈し見出したものではないかもしれないが(それは今後の課題として受け止めてほしい)、この人間の経験に帰結させようとする設計への姿勢は、設計の高い到達度とともに、まさに林雅子賞として相応しいと考えた。このまま真っ直ぐに成長していってもらいたい。

次に原田真宏賞について。

村上琴美さんの「法律のない裁判所〜プログラムの起源から考える新たな建築空間〜」は、まず問題の設定自体に共感した。それは現在のこの国の「裁判」の権威は「重厚で閉鎖的な裁判所と顔や人格の見えない裁判官」による「秘密主義」とその結果として期待されるある種の「神格化」に託されているという指摘である。例えば米国の裁判官は各々がもっとオープンに発言(発信)し、そのことで思想や人格が人々に信頼され、実質的な「裁判の権威」となっている。つまり市民による直接の裁判官への信任があるのであって、これは我が国とは明らかに対照的である。民主主義が脅かされている現在、この「秘密主義に依拠する裁判所=裁判官」は解決すべき重要な社会問題なのである。

よって、作者は、裁判過程と裁判官の顔を一般に、そして日常的に見えるようにしようとの目的から、これまでの「閉じられた裁判所」というハコを解体・分解し、その断片化した「法廷」を敷地として設定された「公園」と混ぜ合わせ、「市民と裁判の関係を最大化する形式」をとったのである。この現代社会への観察に基づいた「問題」の設定と、これに解決を与えようとする「建築形式」の「対(つい)」が正しく成立していること(それは明瞭、且つ直裁であるため“ヒリヒリ”するが)を、開かれた裁判所のあり様を「構え」として表現した造形力とともに、根本的に評価した。

議論で指摘された通り、その極めてオープンな形式から、デリケートな問題を扱う地方裁判所や家庭裁判所ではなく、権力に対して正しい判決を与えるような行政裁判の施設なども、この建築が可能とする「民衆の監視」による後押しが必要なため、良いかもしれない。リアルな模型の点景はこの建築形式が誘発する人々の行為(ex.デモや集会)を表現できていて、 建築形式がもたらす人間現象についての意識・想像力が作者にあることを保証しているが、それをもっとドライブすることで、例えば先に述べた裁判所の種別設定へとフィードバックしてもよかっただろう(これは皆に伝えたいが、模型等のアウトプットは最終形だけではダメで、設計の過程にこそあるべきだ。その確認の都度起こるフィードバック量がデザインを高める、のだから)。

審査全般を通して日本女子大学家政学部住居学科への印象は良い意味で裏切られ、また正しい意味で期待通りだった。前者は空間の抽象的なイメージや形式表現への偏りが強いのではないかと勝手に思っていたところ、予想に反して構造や素材、工法などフィジカルな側面への意識も高かった点。これは嬉しい裏切りだった。そして後者は、様々に工夫され時にアグレッシブに展開された刺激的なデザインの着地点は、現れ方は様々あれど、どれも「誰か」の幸福や喜びへと収斂していた(しようとしていた)ことにある。そこが決してブレないところが日本女子大学家政学部住居学科のアイデンティティなのかもしれないと、僕はとても頼もしく感じたことを、正直にここに残しておきたいと思う。

この「住居文化」の土壌から育ちゆく、皆さんの将来はきっと暖かく明るいものでしょう。今後の発展と成功を信じます。


■選定委員 佐藤 由紀子氏コメント
この機会に、これまで断続的に裏方に関わってきた立場から林雅子賞について触れておきたい。林雅子賞は、優れた女性建築家の育成と学科の発展の為に創設され今回で18回目になる。当初10回の予定の故林昌二氏からの寄付は賞の継続を望む声に応えて途中で更に10回分が追加された。初めて担当になった際、非公開審査を改めるなど抜本的な運営スタイルの切り替えを提案した。それは私自身の体験に基づく。私事で恐縮だが、公開審査が珍しかった頃、審査委員に伊東豊雄氏、石山修武氏、坂本一成氏、藤森照信氏らを迎えた学生コンペの最終段階に残り公開審査に臨んだ事がある。審査は厳しい批評あり笑いあり丁々発止のやりとりだったが、後になって受賞以上に建築家同士の歯に衣着せぬ議論自体に意味があったと気付いた。その経験から複数の建築家による公開審査を実現すべく担当3人で奔走し第7回が成功裏に終わった。

今日まで概ねこの方式が受け継がれ、著名建築家と渡り合った卒業生達の活躍もあって賞の認知度も上がってきた。近年はOGの背中を追って照準を林雅子賞にあわせる学生も多いと聞く。長きに渡りチーフとして運営を担う菊地恵子氏(24回生)とOG有志の尽力の成果でもある。だが、予定回数はあと2回。既に第19回が始動し始めており、住居学科の先生方を含めて賞の継続を願う人は多いが、21回以降は白紙であり林雅子賞の今後は喫緊の課題であることをこの場を借りて共有したい。担当の世代交代も急務である。歴代の応募者世代が、林先生に薫陶を受けた世代の役目を受け継ぎ、後輩の為に尽力してくれる事を願っている。

さて、林雅子賞受賞作。「堀開き‐過去を繋ぎ未来を拓く中心の再興‐」は福井城址にある県庁・警察施設を廃して広場にし、環状の堀と城壁に複数の文化施設を四方から掛け渡すように配置し、地域や歴史の結節点を創造しようという作品である。石垣は施設の一部として建築化され、人々に歴史の「時」を喚起させるデザインである。林雅子先生は「地籍」(場所、環境)と「人籍」(住人の個性)から発想を得ていると著書に記しているが、この場所を良く知る私としては平井さんの作品に通底する眼差しを感じた。

佐藤由紀子賞は地球環境問題を海洋建築という解法で提案した「キマグレナケンチク〜地球環境を配慮した未来生活〜」の田中麻衣さんに。火星移住計画が真剣に研究されている今日、スケールの大きな作品は選定委員の議論を喚起した。レゴブロックのように離散集合する建築提案は斬新でオリジナリティーに富んでおり、SNSを前提とするシステムはいかにも現代的である。思考深度と造形的検討をさらに深めれば一層魅力的な作品になり得るだろう。

今年度は災害や防災など社会的課題に果敢に取り組んだ作品が多く、原田、能作両氏の示唆や勇気を与えるクリティークで指折りの選定会となった。構造や防災などの研究室に所属する複数の学生が設計に取り組んだ事も特筆すべき点である。学生達には今回を学びの契機にして大きく羽ばたいて欲しいと願う。


選定委員を務めてくださった原田真宏氏、能作淳平氏、佐藤由紀子氏には、応募者一人一人に温かいアドバイスを頂戴し、心より御礼申し上げます。当日は佐藤克志学科長をはじめ沢山の先生方がお越し下さり、学生たちの発表を見守ってくださいました。住居学科の全面的なご協力にこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

当日の様子は下記会員専用ページ「イベントアルバム」でもご覧いただけます。
イベントアルバムは こちら


★選定委員長をお引き受けくださった原田真宏氏が「道の駅 ましこ」で2020年日本建築学会賞(作品)を受賞されました。おめでとうございます。
ますますのご活躍をお祈りいたしております。

<参考>
2020年日本建築学会賞ホームページ
MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO(原田真宏・麻魚氏の建築設計事務所)のホームページ
道の駅 ましこ ホームページ