第22回 林雅子賞選定会のご報告 ~受賞作品紹介・講評~
日 時:2024年2月17日(土) 13時~17時50分
場 所:新泉山館 大会議室
選定委員長:山﨑 健太郎 氏(建築家)株式会社山﨑健太郎デザインワークショップ
選定委員 :山道 拓人 氏(建築家)株式会社ツバメアーキテクツ
選定委員 :川島 真由美 氏(建築家・47 回生)株式会社川島真由美建築デザイン
応募学生によるプレゼンテーション、質疑応答、選定委員の投票、
☆林雅子賞☆
今井祐伊さん
『シュルレアリスムとシェアハウスー日常の中に夢を見るー』
模型 於:選定会場 <今井さんのコメント>
シュルレアリスムの手法を用いて夢を見ているような空間を現実につくりました。卒業制作では批評性や社会問題からではなく、私的な興味から始めました。リサーチを進めるうちに、夢を空間に取り入れることが現実の既成概念を上手く取り壊し建築の可能性を広げるのではないかと気づきました。また、設計者がいつ建築を手放すのか、手放したあとも住まい手が建築を作用し空間を新しく作っていけるのでは、といったコメントを頂き新たな視点で建築の魅力を見つけることができました。
☆山﨑健太郎選定委員特別賞☆
黒田万滉さん
『贈与が呼び起こす地域性』
<黒田さんのコメント>
北品川のオモテの統一性とウラの異質性での交換に着目し、貨幣経済では交換できない“交換” に” 贈与性” を見出し、地域性に基づいたふるまいの交換、佇まいの交換、物々交換を空間に反映しました。独自の地域性を持つ品川宿のエリアと再開発エリアに囲まれた3箇所において、大中小の異なるスケールのリノベーションを行い、贈与の連鎖が起こることで地域性が再び栄えていくことを目指しました。「贈与」という曖昧で複雑な社会学的要素を空間としてデザインすることにかなり苦労しました。
☆山道拓人選定委員特別賞☆
山崎真果さん
『見上げた先にー樹木にならう新たな広場ー』
模型 於:選定会場
<山崎さんのコメント>
新宿駅西口広場を再考。地下に人の動線が広がり、地上に出たら切り離れる様子を切り株と捉え、それを樹木として生きさせることを計画しました。都市の多様な人が持つそれぞれの目的へ向かう道、そのものを広場とし、ボイドと曲線を描く道が地下と地上を繋ぎます。地下まで光が差し込み、アイランドに張った水面が都市を映し出し、人の多様なアクティビティが空間を彩ります。
通学時に感じた疑問を深掘りし、私が描く未来の姿を提案する機会を得られたことが有益でした。
☆川島真由美選定委員特別賞☆
平野紗菜さん
『アクティブな空間把握による都市の再評価』
<平野さんのコメント>
下北沢の都市計画道路予定地において放置された空き地に「使用方法に余白のある仮設」を建てることで「大人によるアクティブな空間把握」が行われ、都市空間を新たに捉え直すことが可能となるよう設計しました。事業開始から完成までの40年間で経年変化する空き地の大きさや特性に応じた素材やスケール、空間の使われ方を提案しました。講評を経て、都市空間では楽しいときだけではなく落ち込んでいるときにも寄り添えるような、そんな使われ方の柔軟さにさらなる思考が求められるのだと気が付きました。
■選定委員長 山﨑 健太郎 氏 講評
複雑な現代社会において、建築に求められる幅が広がっていることは間違いない。当然ながら、学生たちがそれに誠実に向き合おうとすればするほど、設計の難易度は高くなる。自分のアイディアが独りよがりではないか、その建築になんの意味があるか、考え出せば果てしない大海原が待ち構えている。僕が実務にあたる時だって、同じ気持ちなのだと言いたいが、実際のプロジェクトには想いをともにするクライアント、幸せになってもらいたい具体的な利用者、厳しいコストがあることは、学生たちが向き合うそれに比べると少なからぬ手がかりにはなっているだろう。今回の林雅子賞の審査を通じて感じたことは、総じて学生たちが、その瑞々しい感性で、現代日本の出口の見えない問題に挑んでいたように思う。この清々しさに、学生を励ますべき自分が励まされた想いだった。
林雅子賞を選定するにあたっては、一緒に審査した山道拓人さんと川島真由美さんとなるべく率直に議論した上で、決定したいと思った。選ばれた今井祐伊さんは、もっとも建築的なちからを発揮した作品だったことが、決め手になった。彼女の作品から審査をしている僕たちが、彼女の想定以上に、空間の可能性や暮らしの豊かさを想像できたことは、彼女の構築した建築のちからといって良いだろう。その意味において、作品群から頭ひとつ出ていたというのが3人の出した結論だ。あと一歩と思ったものを個人賞として黒田万滉さんの作品を選んだ。人々の振る舞いを贈与と捉え、板状の共同住宅に人々の関わりを増幅するリノベーションを施したこの作品は、山道さんの指摘もあったが、グランドレベルがあえて提案されていなかった。想像の余地を与えたとも言えなくないが、提案する空間性はもっとそこに住まう人々の人間らしい暮らしを喚起するものだった。その意味で、自分の提案した建築空間の持つ暮らしの広がりを描き切れれば申し分なかったと思う。この二つの作品は社会的な課題から建築を構築するのではなく、建築の構築がひとに影響を与え社会変えてくれる力強さを示している。物語や仕組みではなく、住居学科らしく人間の身体と空間からの提案であり、それは紛れもない建築の姿だった。今回の審査会の参加者に対するメッセージとして受け取ってもらいたい。
最後に、林雅子賞を運営してくださっている「住居の会」の皆さんの我が娘のように注がれる眼差しが印象に残った。ひとを想う想像力と問題を乗り越える創造力に心打たれた清々しい1日だった。
■選定委員 山道 拓人 氏 講評
全体的にアウトプットの精度が高く、組み立てがしっかりしており、気持ちの良い講評会となりました。
設計課題と異なり、卒業設計は、初めて自分で立てた問に対する解を考えるわけですが、同時に、その論理の「外側」や「裏側」についても考えなくてはいけません。一つの回路でしか思考できないと、そこから溢れ出てしまう物事を掬い上げることができない建築が出来上がります。そのことに自覚的にならないといけません。
その点を乗り越えられそうなプロジェクトは、林雅子賞を受賞した今井祐伊さんの「シュルレアリスムとシェアハウス-日常の中に夢をみる-」です。リノベーションの提案ですが、設計の始まりと終わりがオープンエンドになっていて、さまざまな人々を受け入れる懐の深い状況を予感させ、形態も響き合う魅力的な建築でした。同じ手法で、規模が異なるバリエーションを示しても良いかもしれません。
山崎真果さんの「見上げた先に-樹木にならう新たな広場-」も都市と居場所をダイナミックに繋ぐ素晴らしい提案でしたが、表の状況しか語られなかったことと、自身のプレゼンでも言及していた肝心の手摺に対する提案がなかったことが惜しかったです。外や裏も包み込めそうな伸び代を評価して山道賞としました。
社会の想定がどんどん変わる時代です。一緒に乗り越えていく建築を思考しましょう!
■選定委員 川島 真由美 氏 講評
川島賞の平野紗菜さんの作品「アクティブな空間把握による都市の再評価」は、論考とそれを実行する手法についてはさらなる努力が望まれますが、生活や行動の視点から都市空間を捉えなおすことに挑んだ「箱をつくる」から「場をつくる」日本女子大での学びを感じさせる作品でした。都市計画道路予定の空き地に時間軸の流れと素材の耐用年数を考慮して、建築的なスラブから家具的要素の棚などをきっかけに事象のスケールが異なる活動が点や線そして面的に表れてくる街の風景が、その街の未来のアクティビティを継承していくのではないかと想像させてくれたところが選定ポイントとなりました。
選定会に参加された作品は、卒業論文から発展させて、どの作品もそこから得た発見や社会的課題を自分の実感を元に深く掘り下げていることに大変好感を持ちました。
このような場に参加させていただいたことに感謝します。頼もしい後輩たちの更なるご活躍をお祈り申し上げます。
★選定委員長をお引き受けくださった山﨑 健太郎氏が八千代市の老人デイサービスセンター「52間の縁側」で2024年日本建築学会賞(作品)を受賞されました。おめでとうございます。
ますますのご活躍をお祈りいたしております。
<参考>
★2024年日本建築学会賞ホームページ