第12回 林雅子賞 『都市を見ている貴方を見ている私の居る都市-生きる余白とその周縁』橘田 麦(キツダ ムギ)

日時: 2014年2月22日(土)
選定委員長: 古谷誠章(建築家)
選定委員: 長谷川豪(建築家)
東利恵(建築家/32回生)
会場: 日本女子大 新泉山館1 階 大会議室

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第12回林雅子賞選定会のご報告

2月22日(土)日本女子大学新泉山館1階大会議室を会場とし、選定委員長に古谷誠章氏、選定委員に長谷川豪氏、東利恵氏をお迎えして第12回林雅子賞選定会が行われた。
今回の応募は11作品、当日の見学者は約80人と、ややこじんまりとした会となった。応募者11人全員のプレゼンテーションと質疑応答の後、第1次審査で選定委員各2票ずつ投票し数作品にしぼられる予定が、3票を獲得した1作品と、残りの票は1票ずつ3作品に分かれたため、一気に林雅子賞と3つの選定委員特別賞が選定される結果となった。

・林雅子賞  橘田 麦(キツダムギ)さん
「都市を見ている貴方を見ている私の居る都市-生きる余白とその周縁」

ローカル感のうすい東京を感じる中で、新宿西口広場の空間を人が周縁からながめることにより空白から余白に生まれ変わるというストーリー。坂倉準三氏が車の動線を計画した20世紀の傑作に現代の問題提起を投げかけ、人の動線を配置した点を評価された。 奇しくも新宿西口広場は今回の選定委員である東利恵氏のお父様である東孝光氏が、坂倉準三建築研究所時代に実施設計を担当した計画であるが、それを知らずにこの提言を投げかけた学生の思い切りの良さにどよめきがおこるという一幕があった。
空間として魅力的だが、説明と実物とが一致していない、ストーリーを思い切って変えていく勇気をもったらもっとよいのでは、という選定委員共通の意見があった。広場感というよりは、人がよどみなく流れ歩行者が楽しめる空間として大変魅力的で、もしかしたら世界中から人が見に来るようなおもしろい空間になっていくであろう、と古谷氏からも絶賛された。

各選定委員賞としては次の3作品が選ばれました。

・古谷誠章選定委員特別賞 藤井 里咲(フジイリサ)さん
「みちのほいく園―東京都23区の待機児童から見た地域の子ども施設のありかたについて」

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世田谷区経堂~宮の坂駅の空き地を利用して拠点となる保育園を計画し、それをつなぐほいくみちを提案した。社会がこどもを産み育て、様々な世代がコミュニティーを維持できる、このような種類の保育園があったらいいなという問題提起になっていると古谷氏から評価された。

・長谷川豪選定委員特別賞 高村 舞(タカムラマイ)さん
「ある一本の生活のみち」

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線路の地下化によって生まれる線状空地のためのケーススタディ。不動前~洗足駅の地下化によって動線にしかならない空間を居住空間のウラではなくオモテにしたいという思いから空き部屋を貸し出したり緑道にコモンキッチンを配置するなど、居住区において人に必要とされていない空間を生かした計画。この構造物はいらないのでは?と長谷川氏からの厳しい指摘にも負けずに、一生懸命に自分の言葉で思いを伝えようとする姿を長谷川氏も評価したようだ。

・東利恵選定委員特別賞 鈴木 あいね(スズキアイネ)さん
「王子綺譚」

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王子駅前の一街区に王子らしさをつくる12のパターンを構成する要素を空間化した建物を計画した作品。11層からなる空間に、袋小路、川沿いの雰囲気、坂道、都電沿いの細道など王子らしさを継承する要素をいれ、1つの建物で王子らしさを感じることができる。
要素と要素の間のうす暗がり感など、よく考えられているようにみえると東氏も興味を持たれたようだ。形としての強さを評価された。

各選定委員からの評価では、長谷川氏は、「日本女子大の学生は、こっちが質問すると黙っちゃうんじゃないかと思っていたけど、言い返してくるのがいい。形や言葉を大事にしていてそのピュアな部分を持ち続けてほしい。」東氏は「議論が白熱して疲れると聞いていたがすんなり決まったので、もっと噂の長谷川さんのすごいトークが聞きたかった。教えていた2年生のころより伝えたいことがしっかりわかるようになり、成長が感じられた。」古谷氏は、「テーマがバラエティーに富んでいて意思が感じられる作品が多かった。建築は大なり小なり生活の場である、ということをもう一度見直すことができた。すべては住まいだという住居学科の存在はいいと思う。ただ、プレゼンの時にパソコンに向かってしゃべるのではなく、聞いている人にむかってしゃべってほしい。」とのお言葉をいただいた。

私も、学生たちのプレゼンや質疑応答をみながら、ああ、昔から住居の学生はこうだったなあと、先生方の鋭い指摘にも「でも」「ここは」と一生懸命に反論し自分の思いを形にしていく友人たちを見ながら、刺激を受けていた4年間を思い出し、ピュアな気持ちを共有できた時間に感謝したい。

選定会が盛会のうちに無事終了できましたこと、ご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます。特にお忙しい中選定委員長を務めてくださった古谷誠章氏をはじめ、長谷川豪氏、東利恵氏の選定委員諸氏に厚く御礼申し上げます。また、住居学科の先生方をはじめ、関係者皆様のお力添えにもこの場を借りてお礼申し上げます。

(記:HP係 笠松・高橋 撮影:会報係 HP係)

選定委員長より 選定委員長 古谷誠章氏

ここ何年か大学院のスタジオ課題を見させてもらっていますから、日本女子大の修士の学生諸君の作品には身近に接していました。僕が出す課題のせいもあるとは思いますが、そこでは比較的奔放に、軽やかに発想するアイディアが多かったので、学部の卒業設計を見て、大変認識を新たにしたところがあります。

発表された作品には、社会的な地に足の着いた構想が多く、またその取り組み方も(多分、教えられている先生方の指導がよいのでしょう)的確で、実りあるものが多かったと思います。また、全員がそれぞれしっかりしたよい模型を作っているのにも驚きました。とても迫力があります。プレゼンテーションも見事でしたが、それらに比べると、図面での表現がすこし物足りない印象でした。しっかりした図面を描き、建築のハードとしての密度や思考の深さのようなものが備わると、さらにぐっとよくなるかなと思います。

そんななかひときわ目を引いたのが、林雅子賞を獲得した橘田麦さんの『都市を見ている貴方を見ている私の居る都市 –生きる余白とその周辺』でした。本人は気づいているかどうか解りませんでしたが、日本の戦後近代が築きあげていった首都東京の、いわば看板となるような都市空間の一つである新宿駅西口広場をとりあげて、20世紀の車社会における人と車のスムーズな分離の発想を止揚して、人、車椅子、ベビーカー、自転車、そして自動車の、共存できるような流動的な広場空間の提案には、今後の都市広場に関する様々な示唆が含まれています。こういう大きな発想ができることは、私の思う卒業設計のあるべき姿、つまり初々しくも核心を突いた建築家としての社会に対する第一声として捉える上でも、大変素晴らしいものだと思います。

その他の作品に触れる紙幅がありませんが、世田谷での遊歩道のような「みちの保育園」の提案、「新陳代謝する浜マーケット」、「地域に住まうシェアハウス」、線状空地を活用する「ある一本の生活の道」などが印象に残ります。それらを含めたすべての作品に、いずれもディベロップ可能な提案の萌芽が生まれています。是非、自分自身でブラッシュ・アップしてください。