第21回 林雅子賞 『風景に入る』土井絵理香さん

第21回 林雅子賞選定会のご報告 ~受賞作品紹介・講評~

日  時:2023年2月18日(土) 13時~17時20分
場  所:新泉山館1階会議室

選定委員長 :安部 良 氏(建築家)安部良アトリエ
選定委員 :中川エリカ 氏(建築家)中川エリカ建築設計事務所
選定委員 :粕谷奈緒子 氏(建築家・44回生)カスヤアーキテクツオフィス

今年度の選定会は16のエントリー作品を前に選定委員と応募学生が対面する形で実施されました。
新型コロナ感染症状況が落ち着きつつあり、一般見学者も参加しての開催となり、
対面とオンラインのハイブリット開催で、オンラインの視聴者も合わせて約70名の参加となりました。

応募学生によるプレゼンテーション、質疑応答、選定委員の投票、選定委員間のディスカッションを経て、下記の4作品が林雅子賞及び選定委員特別賞に選ばれました。

林雅子賞受賞者には賞状と副賞「新・空間の骨格 林雅子のディテール②」(彰国社)が、選定委員特別賞受賞者には賞状が贈呈されました。
また、安部良選定委員特別賞には安部氏からサプライズで著書建築依存症/Archiholic」が贈呈されました。

選定委員の先生方と多大なご協力をいただいた学科の先生方に心から感謝いたします。

 

選定風景

☆林雅子賞☆
土井絵理香さん『風景に入る』

模型 於:選定会場

<土井さんのコメント>
卒業設計では、幼少期と今の自分が見ている都市の違いが私にとって大きな問いでした。環境に身体的な興味を抱く子どもに対して、大人は風景を対象化し常に「眺めて」いるのではないでしょうか。このような気づきをきっかけにスケールの操作によって、大人によって対象化されない「風景に入る」ことのできる空間を提案しました。私たち大人が、ふたたび驚きや発見的な身体の経験を通して都市を自分と不可分な関係として感じることを期待します。

☆安部 良選定委員特別賞☆
平原朱莉さん『生木の風化と循環を体感するー原始の思考と現代の技術で再生する人工林ー

模型 於:選定会場

<平原さんのコメント>
間伐された樹木の切株を建築基礎とした、道と小屋の設計です。人が山林に入って活動することにより、自然の循環を取り戻させることを目標としています。切株の強度を確かめる構造試験や、自然と人工林に関するリサーチなど、デザイン以外で尽力したことも評価していただけたことが、自信につながりました。これからも、地球の自然環境に重きを置き、人と自然の優位を捉え直す、新しい建築の在り方を考えていきたいです。

☆中川エリカ選定委員特別賞☆
松本茜さん『都市のゲシュタルト崩壊と構築 - 東京を連続的に繋ぐ現代美術館 –

模型 於:選定会場

<松本さんのコメント>
東京における現代美術館、都市そのものを展示する装置の提案。高速道路のジャンクションと川に囲まれた敷地で、様々な速度やスケールを対象化するような経験を繰り返す。美術館を後にして再び街の中に出た時、ただの背景として広がっていた都市が、有機的な連続性のあるまとまりとして私たちの認識の中で動き出す。1年間手探りの状態で考え続けてきた事が、最後の設計やプレゼン、講評を通して自分の中でも明確になり、それに対してこのような評価を頂けてとても嬉しいです。

☆粕谷奈緒子選定委員特別賞☆
小林明日美さん『下北沢のイドバタとイドコロ

模型 於:選定会場

<小林さんのコメント>
コロナ禍を経てパブリック空間での居場所の重要性が高まる現代において、下北沢にパブリックなサードプレイスとして他者と交流する居場所「イドバタ」と他者の中で自己を再認識する居場所「イドコロ」の2つが両立した空間を提案しました。コロナ禍で苦しい想いで過ごした大学2年生の自分に向けて「こんな場所があったら救われたかも」という想いで作りました。作成までの努力と大学生の頃の自分が報われたようで嬉しい受賞でした。

■選定委員長 安部 良氏 講評

参加作品ほぼ全てが卒業論文をもとに発展させており、各々が発見した社会的な課題を出発点に、建築的なアプローチによる課題解決のための論を展開し、最終的な実証として、建築作品が設計されていました。通常の設計課題では空間や形態のデザイン力が評価されがちですが、こうしたアプローチにおいては課題発見の眼差しや、論理的な思考力も大きく問われ、その結果、全ての作品が見応えのある作品に昇華されていました。デザインを得意と感じていない学生にとっても、研究者として、プロジェクトを一から計画し統括する機会となっているように見受けられ、本質的な建築家教育が実践されていると感銘を受けました。建築や研究の分野で女性の活躍が多く求められている中、日本女子大学からさらなる優れた才能が輩出されることを予感させる内容でした。

林雅子賞を受賞した土井絵里香さんの作品は、「風景に入る」という感覚の仕組みを景観論的に展開したプレゼンテーションと、自らの論理に沿って設計された空間の一致が見事でした。将来この論理をさらに発展させた作品を、現実に完成させてくれるだろうという期待が得られました。今回、参加16作品全体を通じ、場所の特徴を読み解き、そこから生み出される唯一無二の建築を提案するという傾向は乏しく感じられました。しかし、選定会の後の宮教授とのお話のなかで、場所性から特殊解としての建築を導き出すのではなく、普遍的な空間を導き出すための論をいかに構築するか、という指導の背景があったことを知ったことで、そうした先生方の課題意識のもと、土井さんの作品では普遍的な設計方法によって、風景という場所性の獲得に向けてチャレンジされていたことが、この作品の秀でた点であったことを再確認しました。

選定委員特別賞(安部賞)に選出した平原朱莉さんの作品は、日本の国土の2/3を占める山林の、その40%を占める植林地をテーマに、林業や中山間地域が抱えている多くの課題と可能性を、丁寧かつ実直な研究によって包括的に捉え、その課題解決の方法として、多様な提案を横断的に結びつけた力作でした。一つ一つの提案の完成度や空間としての魅力にはさらなる努力が望まれますが、将来必ず実現して欲しい作品でした。

賞を逃した中にも素晴らしい作品が多く、受賞作品との差は僅かなものでした。参加者の努力はもちろんのこと、指導された先生方の熱意と情熱に敬意を評します。

■選定委員 中川 エリカ氏 講評

第21回林雅子賞選定会に参加させていただきました。
単独の大学の卒業設計の審査会では、どの作品にも通底する共通の思想が見られることが多く、時に、大学の傾向が設計者個人よりも前面に出て、強く感じられることも多いのですが、今回の審査会では、図面・模型・プレゼンテーション・質疑応答、いずれも設計した学生さん個人の実感が溢れており、とても好感を持ちました。

中川エリカ賞には、松本茜さんの作品「都市のゲシュタルト崩壊と構築 -東京を連続的に繋ぐ現代美術館-」を選定させていただきました。選定の理由はいくつかあるのですが、特に、①建築の部分が全体に従属するのではなく、切り離せないまとまりとなっていた点、②高速道路の合間を縫うようなプロムナードを中心に、既存環境を積極的に巻き込みながら未知の建築へ向かおうとする姿勢、③模型・プレゼンテーションボードをどう表現するかということ自体を、ひとつのプロジェクトとして重要視していた点、が、選定にあたっての大きなポイントとなりました。

これからも、ぜひ、女性らしい視点を大事にしながら、設計を楽しんでいただきたいと思います。今後の皆さんの活躍にとても期待しています。

■選定委員 粕谷 奈緒子氏 講評

粕谷賞には、小林明日美さんの「パブリックにおけるサードプレイスの創出−下北沢のイドバタとイドコロ−」を選びました。家庭でも仕事場でもない第3の居場所サードプレイスを創出するという提案です。「自分の居場所はここにもあった」という言葉にこの作品の意図が表れていると感じました。人々が直接交流する場をイドバタ、交流を目的とせず姿や音で賑わいを感じられる場をイドコロという言葉で表現し、壁柱を構造から家具まで角度や高さに変化を持たせ配置し設計しています。コロナ禍を経てあらためて身近な場所を見直し、そこに新しい居場所を作り出すという視点に共感し、人々や家具が散りばめられた模型からは、その空間に身を置いたら居心地が良さそうだなという期待感が湧きました。

審査会ではどの作品も自分の感覚や問題意識から深く掘り下げ設計をしており、審査員の質疑にも自分の言葉で答える姿が印象的でした。このような場に審査員として参加させて頂いたことに感謝しております。

プレゼンテーションの様子
質疑応答の様子