第24回 林雅子賞選定会のご報告 ~受賞作品紹介・講評~
日 時:2026年2月21日(土) 13時~19時
場 所:杏彩館
今回も深く学び研究した内容を存分に表現したバラエティーに富んだ力作17作品が揃いました。選定委員の先生方の批評や温かいアドバイス等、大変充実した1日となりました。
選定委員の先生方のご意見を聞きもらさないよう、とても集中して聞いている参加者の方々の様子が印象的でした。
選定委員の先生方、ご指導された先生方、学生の皆様に心から感謝いたします。
以下の1作品に林雅子賞、3作品に選定委員特別賞が決定しました。
<前島さんのコメント>
「迷う」ことを緊張と魅惑の入り混じる豊かな経験と捉え、記憶の中の風景と身体が一体化し、我を失い導かれるような曖昧で確かな感覚を辿るところから本研究は始まりました。自ら歩き繋ぎ、出会いと気付きの主体的経験が優位となる「迷える劇場」の提案です。審査では、敷地性や都市的な構築ルーツ、劇場のリアリティと迷うことの連動性など評価していただきました。迷うことへの印象の多様さが興味深く、奥深いなと感じます。
☆伊藤博之選定委員特別賞☆
安田 栞さん
川辺の市場ハウジング
<安田さんのコメント>
多摩川沿いの土手に計画し、河川敷と住宅街をつなぐ交流拠点を形成。各住戸に内包した店を半公共的空間として位置づけ、通りと路地を段階的に連続させることで、住むことと働くことが重なり合う環境をつくりました。様式は違いがありながらも様々な国の共通文化といえる市場を軸に共助システムを構築し、多文化共生が進む都市のアイデンティティの創出を目指した提案です。
☆高野洋平選定委員特別賞☆
若林 恵衣さん
変化し続ける共生のプロトコル
-保護猫と人間を媒介する集合住宅-
<若林さんのコメント>
アントロポセンの現在、住まいは人間中心の制度によって形づくられ、他種の生は選別されてきた。本計画は保護猫の殺処分を背景に、動物と人間の関係を建築によって再編する集合住宅の提案だ。猫の行動特性や社会化の段階を空間構成に組み込み、猫の選択動線と人間の生活動線が交差し、両者の媒介となる建築を目指す。内部と外部を連続させた猫庭や立体的な移動ネットワークにより、猫が自ら距離や居場所を選択できる環境を整える。
☆清水裕子選定委員特別賞☆
小泉 詩生さん
「懐かしさ」の作曲
-感情のゆらぎを内包する建築-
建築は機能を処理するインフラの一部と位置づけられ、建築が本来持つ経験・感覚的な価値が軽視されている。一方私たちは「音楽」を聴いている時にそこに意味を読み取ろうとはせず、純粋な印象をそのまま受け取る。本提案は、こうした音楽のあり方や懐かしいという情緒から建築を捉え直すことで、建築が意味に変換されるその前、人間の感覚に直接働きかける存在となる。これからも建築に対して問い続ける姿勢を忘れずに向き合っていきたいです。
■選定委員長 伊藤博之氏 講評
伝統ある林雅子賞の選定委員長を拝命し、大変光栄に思います。大きな傾向としては、「私」と「世界」との関係についての考察を出発点にした作品が多く、建築のあり方について真摯に向き合う姿勢を感じることができました。例えば、鈴木歩乃果さんの「主体の溶解」や六浦一華さんの「宗教制度なき祈り」など、とても魅力的なテーマで示唆的な言葉が記憶に残ります。おそらくこれらは、設計に入る前に哲学的ともいえる推敲を重ねたものと思われ、論文を重視する日本女子大の成果の一つの現れと思います。田中杏佳さんの自ら書いた詩を空間化しようとする作品や、佃菜帆さんの、やはり自ら描いた抽象絵画を出発点にする美しい作品も、非常に刺激的でした。これらは建築以外の表現媒体でまずは世界を捉え、これらの「私」の見た世界を、建築という他者のかかわるものに置き換える提案でした。その探求には、きっと大きな学びがあったことと思います。小泉詩生さんの音楽を出発点にした優れた造形も「懐かしさ」という私と世界のつながりを最終的には美しい形に置き換えたと理解しています。
その中で、林雅子賞は、前島由衣さんの「迷うことについて」に贈られました。ヴェネチアの街路という都市的な魅力の本質を「迷うこと」ととらえ、その再構成を図った作品です。デザイン的な完成度の高さもさることながら、迷うという体験は、単に複雑な形状から生み出されるのではなく、揺らぎの秩序という一定の定位をもたらす状態から生み出されるという考察から、両義的な魅力を持つ建築が提案されました。ばらばらのエレメントが複雑に配置された傍らには空白の舞台が設けられ、地形と相まって、大きな環境把握と個別の空間体験が同時に行われるような経験が生み出されました。
上記のような抽象的な考察から始まる作品と対照的に、計画的な面からのアプローチも見られました。安田栞さんの堤防沿いの市場とハウジングの複合施設は、派手な案ではありませんが、住みながらの商いを考えた住戸プランの精度の高さと、閑静な住宅街でありながら河川敷という人の集まる可能性のある場所を見出した敷地選択の説得性から、伊藤賞を贈りました。
建築は、芸術的な感性で世界を描く手段であると同時に、計画的/技術的な解決や提案という一見相いれない別の側面を持ちます。この両者を建築家は常に行き来して、優れた建築はその両者が2重写しになっていると私は考えます。このことをお伝えするためにも、対照的な前島案と安田案を選びました。日本女子大で生まれた二つの傾向が融合したらどんなことになるだろうという期待感を込めて。
■選定委員 高野洋平氏 講評
この度は、伝統ある林雅子賞の審査に参加させていただき、ありがとうございました。今回の審査を通じて印象的だったことは、それぞれの学生達が自身の実感を持って、現代社会と接続するような新たな設計言語を提案しようとしていたことです。建築の設計言語は時代と応答しながら更新されていくものです。一方で、その更新は簡単なものではなく、ともすると形骸化しやすい。このことを突破する難しさを真っ直ぐに受け止めながらも、なんとか提案しようという姿勢が素晴らしいと感じました。個人賞をお渡しした若林恵衣さんの作品は、猫と人間の共生ということをきっかけに従来の建築のあり方を突破しようとするもので、多様化する現代社会の中で、自由に生きるための建築は、人間だけでなく他者にも開かれたものであるという大きな思想の元に、今回は猫が媒介することによってその糸口を掴もうとする野心的なものであることが素晴らしいと思いました。
力作揃いで、今後の学生達の活躍がとても楽しみです。
■選定委員 清水裕子氏 講評
昔の母校に対してはこれまで「発想の豊かさに対して、検討の深度に課題がみられる」印象を勝手に抱いていましたが、今回、その認識を良い意味で覆される機会となりました。
全体として、自らが感じる繊細で捉えにくい感覚の正体に迫ろうとするような研究が多いと感じました。難しいテーマのため、5分間の凝縮したプレゼンだけでは完全に理解するのが難しかったですが、質疑応答での学生の的確な応答から、探究の深さと指導の質の高さがうかがえました。
清水賞を受賞した小泉詩生さんの「懐かしさの作曲-感情のゆらぎを内包する建築-」は懐かしさを感じる音楽のような建築を目指しています。 和音から一つの空間を作り、その空間を適度な「ゆらぎ」を持たせるように「つなぎ」、アレンジ技法である「ダブ」を応用して用途に展開するという音楽に造詣のある彼女の独自の手法によって成立しています。難しいテーマでありながら、その手法が破綻なく成立している点を評価しました。
惜しくも賞を逃した「6つのMETARIUM」も印象深い作品でした。
今後の後輩の活躍が楽しみです。
2026年3月26日掲載













