第19回林雅子賞 『台所のパッチワーク – 異なる「食」「住」の集積から構築する共生 -』戸部友紀子(とべゆきこ)

第19回 林雅子賞選定会のご報告 ~受賞作品紹介・講評~

日  時:2021年2月20日(土) 13時~18時
開催方法:オンラインミーティング形式

選定委員長 藤原 徹平氏(建築家)
選定委員  惠谷 浩子氏(造園学者)
選定委員  柴田 淑子氏(建築家 45回生)


2月20日(土)「第19回林雅子賞選定会」が開催されました。新型コロナウィルスの緊急事態宣言を受け、全員リモートによるオンラインミーティング形式での開催となりました。選定委員長に藤原徹平氏、選定委員には惠谷浩子氏、柴田淑子氏(45回生)をお迎えし、13点の応募作品を対象に審査が行われました。
当日のZoom参加者は113名でした。

応募学生によるプレゼンテーション、質疑応答、その後選定委員が投票し受賞候補作品が数点に絞られ、ディスカッション、再投票を経て、下記の4作品が林雅子賞及び選定委員特別賞に選ばれました。

後日受賞者には賞状、林雅子賞受賞者には副賞として書籍「新・空間の骨格 林雅子のディテール②」(彰国社)が贈呈されました。


☆林雅子賞
戸部友紀子さん『台所のパッチワーク – 異なる「食」「住」の集積から構築する共生 -』

 

 

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<戸部さんのコメント>
まちには多様な人が居住し、それぞれが様々な個性を持っているにも関わらず、それが見えてこない都市の均質な住まいの風景に違和感を感じ、個性の集積によって立ち現れる、食による他者との交流を促す台所が起点となって、まちのコミュニティを形成していくという共生のかたちを提案しました。
コロナ禍においても、講評会を開催して下さった住居の会の皆様、選定委員の御三方に大変感謝しております。これからもこの経験を糧に頑張っていきます。


☆藤原徹平選定委員特別賞
濱川 はるかさん『次世代の住み方提案:コリビング —全国住み放題のノマ ド・ライフスタイル—』


<濱川さんのコメント>
コリビングはノマドしながら仕事と⽣活を融合できる暮らしです。海外でコリビングが流行中であることを知って、この研究を修士1年の後期から始めました。研究し始めて半年後には新型コロナがあり、今後の住まいを考えさせられ、それがコリビングではないかと思います。コロナと同時進行である修士設計に藤原徹平賞をいただくことができて、大変嬉しく思います。このような貴重な機会を与えて下さった住居の会に感謝を申し上げます。


☆惠谷浩子選定委員特別賞
加藤真璃子さん『重層し、うつしあう空間  雰囲気の観察から見えてきたもの』


<加藤さんのコメント>
雰囲気を自身の経験から分析し、雰囲気に心動かされる理由やあり様を明らかにすると共に、設計の手がかりを見つけていくことを目的とし「変化のある」集合住宅の提案をしました。
雰囲気という無形で主観的なものを論じるのは私にとって挑戦でしたが、多くの方々や物たちに励まされたおかげで無事形になり、かつ、賞をいただけてとても嬉しく思います。
これからも、諦めることなく、いいものを作り続けられるように精進したいと思います。


☆柴田淑子選定委員特別賞
石川紗也佳さん『「今」を紡ぐ建築 -日本文化に根付く時間思想から、循環し流動し続ける設計手法を見出す-』


<石川さんのコメント>
本研究では、建築物の各部材がそれぞれの「今」を描き、その場で過ごしてきた様々な人の「今」が立ち現れ、紡がれていく設計手法を提案しました。ここでは、建築は数百年の時を越え変化し続け、人々は長い時間・短い時間・循環する時間など多様な時間の共存を当たり前に感じながら生活しています。
今年度は林雅子賞も形を変えての開催となり、慣れない環境での発表は難しいものでした。プレゼンボードやパワーポイントにて、思うように表現しきれなかったことは反省点です。これから、このようなリモートで意見を発する場も増えてくることを考えると、今回の林雅子賞はとても良い経験となりました。


■選定委員長 藤原徹平氏 コメント

今年度の林雅子賞の選定委員長を務めた。選定委員長が選定委員を一名推薦できるということだったので、文化的景観学の研究者である惠谷浩子さんを推薦した。いままでの選定委員名簿をみると建築設計者ばかりだったので、その流れに一石を投じたい想いもあった。

住居学は人間学とも言える重要な学問で、生き方を問うものだと考えている。

私自身の人間学を振り返ってみると完全に落第点である。

数年前に妻の体調が悪くなった。最初は、仕事にあけくれて子育ても妻に任せきりだったから倒れたのだろうと考えたが、その後、妻と毎日対話するようになってわかったのは、自分自身の人間性の希薄さだった。目の前の出来事を見ているようでいてどこか俯瞰的で、きちんと見てきちんと知ることができていなかったのである。

建築においても、空間の創造性、新しい公共性ということをいつも考えていた。しかしこれは間違いで、本来は人間性の探求こそが建築の本道でなければならない。人間的であることの探求の実践から、文化が育っていくというのが正しい順番なのだと思う。

ようやく自分自身の中で、人間的に生きることと建築をつくることの理路が整ってきたというところだから、林雅子賞の選定委員長として人を批評する役に適任とは思えなかったが、謙虚に一つ一つの提案に向き合えればという心構えで講評に臨んだ。

選定会は、緊急事態宣言が発令されたため、オンライン開催になった。

13名全員から丁寧に話を聞けるように個別に質問時間を確保してもらった。賞の審査においても、気に入った作品に限られた票を入れるのではなく、全員に対してそれぞれ三段階の評価をする方式とした。(私はこれを芥川賞方式と呼んでいる)この方式だと選定委員の駆け引きにはならず、じっくりと意見を言い合える利点がある。

二次審査に向けて、全員の案の可能性について個別に意見を交わしつつ、選定会としての評価軸を探していった。

私が重視視したのは、まずリサーチの質である。

暮らしとはどのように理解できるものなのか。単に建築の形だけみていてもわからないし、もっといろいろなものの形や時に形が無いものにも着目する必要がある。歩いて身体化したり、測って理解したり、結論としては、なにしろよく観るしかない。今回の13作品は、多様なアプローチからリサーチしているプロジェクトが多く、梗概も含めて非常に読み応えがあった。

次に重視したのは、リサーチから進んで、独自の空間の言葉を追求しているかどうかだ。

言葉にしないと、他者と考えを共有することも議論することも理解することもできない。

言葉にすることは、個の考えが、新しい社会の形になっていく上で非常に重要なステップになる。

しかしながら、言葉にすることは容易ではない。リサーチをしていてふと言葉が出てくる人もいれば、自身の内面から絞り出すようにして出てくる人もいるだろう。言葉としてではなく、リズムや形として出る人もあるかもしれない。ともかく粘るしかない。時に「パラパラ」とか「ムニョムニョ」というような擬音であってもよいし、「接続詞的建築」とかある種の造語でもいい。

林雅子賞に選ばれた戸部友紀子さんは、まずリサーチの質と量が圧巻だった。多国籍化が進む木密地域で台所空間から地域の暮らしを組み立て直していくのは、まちづくりとしてのなるほど感があり、共感できる。台所のパッチワークというビジョンもアジア的なコンセプトを端的に示す言葉だと思ったし、東京に生きる若者のこれからのリアルな生き様を示しているように感じた。

今後は、自身がパッチワークを組み立てていく当事者であるという感覚を持ち、さらに言語化を試みてほしい。フィールドワークの質と量を考えると、あとちょっとでもっと面白い言葉が出てくるのではないかと思う。

私の個人賞は、濱川はるかさんにした。彼女の面白いところは、言語化のセンスだ。コリビングという世界全体で同時平行で起きている暮らし方をリサーチした上で、「水平のぼやぼや感」、「立体のぼやぼや感」という造語がでてくる。「ぼやぼや感」というのは、コリビングの本質を射るような不思議な語感で、それをきっかけに力強い空間の提案にジャンプしている。空間の在り方がもっと「ぼやぼや感」を感じるような、ゆるいものになっているといいのではないかと思ったが、空間をつくろうという勢いを評価した。

その他非常に面白かったものとして、石川紗也佳さんの時間思想から住居を俯瞰するプロジェクトがあった。素材の腐朽と修繕の観点から住宅を捉えると、住宅設計はもっと動的で工作的な活動の対象になりそうで、非常に創造的なアプローチのプロジェクトだった。

また、講評から時間をおいてみて改めて良いなあと感じてきたのは、岩城絢央さんの大学空間の提案である。大学を「学徒の集団活動の場」として捉えようとするアプローチは住居学の視点ならでは、という感じがしている。ただ、講評時にも話題になったように、代官山というまちの地形や暮らしへの緻密なリサーチから集団活動の場が発見されていけば、暮らしの場として大学とまちを再発見してく面白いビジョンの思考実験になったのではないかと思う。

近年、卒業設計は過剰に「作品化」の道を進んでいるようだが、今年、林雅子賞で審査した13作品は、地に足をつけてしっかり取り組んでいる作品が多くほっとした。また、審査に関係なく新しい視点や考え方を学ばせてもらったという感覚がある。この伝統を良い形で継続し、それぞれの住居学への切実な思いから人間的に生きる場を探求してほしいと思う。


■選定委員 惠谷浩子氏 コメント

造園学の出身だけれど、設計には全く関わったことがない。普段は調査ばかりやっている。そんな立場であるが、藤原先生から林雅子賞の選定委員のご推薦をいただいて、大変光栄なことであるし勉強にもなるだろうという思いから、清水の舞台から飛び降りる気分でお引き受けした。けれどもそれから当日最初のプレゼンテーションまでこの時の決断をとても後悔していた。設計したこともない者が講評なんてできるのだろうかと。

しかし、プレゼンテーションと質疑応答が進むにつれて、場違いというわけでもなさそう、場違いでもないかも、大丈夫そう、よし大丈夫、と、気持ちが変わっていった。最終的に杞憂に終わることができたのは、住居学科の皆さんが設計の前提として詳細な調査をしてそこから建物のあり方を組み立てるという姿勢だったことと、そうしたアプローチをしっかりと評価していこうとする藤原先生の視点があったからだと思う。

惠谷浩子賞として選ばせていただいた加藤真璃子さんの作品「重層し、うつしあう空間 雰囲気の観察から見えてきたもの」は、雰囲気を分析して設計の手がかりにするというものである。コロナ禍ゆえに分析対象が自身の経験からのみとなったものの、その分、自分の世界に深く探求していくことができたのではないだろうか。雰囲気という分析しにくいものに果敢に取り組んで設計にまでつなげた姿が頼もしかった。

惜しくも受賞を逃したほかの作品も含めて、土地が発する声と人が発する声に耳を傾けて、暮らしの場の背景に真摯に向き合う態度が、今回の選定会を通じて共通していたように感じる。この態度にこれからもますます磨きをかけていってほしい。

■選定委員 柴田淑子氏 コメント

歴史的に特別な状況下にあったこの一年。先行きの不透明さが増すなか、これまで典型とされてきた枠組みに新たな価値観を提示する作品が多く見受けられた。

特に「時間」「時」の流れについて、いくつかの案が論じていたことは特徴的ではないだろうか。
中でも石川紗也佳さんによる『「今」を紡ぐ建築 ー日本文化に根付く時間思想から、循環し流動し続ける設計手法を見出すー』(柴田選定委員特別賞)は、建築と人の間における「共有」の概念に、深い方向性を指し示した作品である。

プロジェクトの舞台は小規模な分棟型のコーポラティブハウスである。
住み手のライフサイクル・世代交代などによる拡張、減築といった計画的な変遷と、構造材である木材の風化による現象的な変化の過程を時間軸上に掛け合わせ、建築の継承のあり方、態度を示したものだ。
日本の主要な資材である木材の朽ちゆく姿は、古民家などにおいて代弁されるように審美的な意味をもつ。
また、例えば当初の役目を終えたコンクリートの基礎の名残は、次の子どもたちの遊び場としてさらに足跡を残していく。
住み手から住み手へと、かつての記憶を知る建築の一部に次の解釈が加えられ、反復する時の系譜の中に、有限でありつつも何らかとつながる振る舞いの確かさが想起される。
あえて住まいという小さな舞台を対象としたことは、「個」からの意識変容に重きを置いたからとのこと。
それぞれ固有の時間が培われていくそれぞれの棟と棟が、互いに干渉し影響を及ぼしあう光景も見てみたい。

限られた地球の資源の課題は、建築界でも大きなテーマの一つであり、循環型社会へ抜本的な見直しがなされつつあるなか、無機的な存在である建築を有機的にとらえる観点に、ともに課題を引き受ける覚悟をも芽生えさせさえする。

もはや飽和状態にある資本主義社会のなか、経済原理に飲み込まれ余力を失った都市のあり方に、市民の「場」を創出する作品も多く見られた。
これまでアーバニズム・都市論を論じてきた建築家の渡辺真理氏が、今年法政大学の退任を迎え、その最終講義において『これからは大きなスケールではなく小さなスケールから考える時』と語っていた。
個人的 なスケールの気づきから端を発し、人々の営みを繊細に読み解き、客観的な考察を加え、ことがらをも含む「状態」の総体として建築を提案する過程は、石川案をはじめ多くの作品に共通するものであり、渡辺氏が述べる
ところにも通じる。
(住まい、家族といった慣習に立脚する観点から、高い考察を重ねてきた「住居学科的思考」とも言えるかもしれない。)

流れる車窓に留まることなく前をのみ向くことを強いられてきたこれまで。その列車はいま速度を緩め乗客は周りを見渡せる時を得た。振り返る肩越しのその先の集落の姿に尊さを思うことも、降り立つホームからの一歩につながるのか。
世界中の人々が同じように思い、考えるこの稀有な時の表現の普遍と多様とは。
今をいちばん強く受け止める彼らにはこれからが宿り、発信するに足り得ることは、この選定会の場が証明していることを忘れないで欲しい。


選定の様子

 

<住居の会より>
初のオンライン開催であり作品の内容がどれだけ画面で伝わるか等、心配な点もたくさんありましたが、応募学生のプレゼンテーション技術の高さは目を見張るものがありました。またあらかじめ選定委員の先生方にはじっくり作品を読み解いていただき、当日の質疑応答により、作品がつまびらかになり、丁寧な選定、講評をいただくことができました。アンケートでは視聴者の半数以上から今後もZoomで見学したいとのご意見をいただきました。一方で学生の皆様からは会場で先生に直接作品を見ていただきたかった、会場で見学したかったという声も寄せられておりました。皆様のご意見は次回の参考にさせていただきます。

選定委員を務めてくださった藤原徹平氏、惠谷浩子氏、柴田淑子氏には応募者一人一人に温かく、丁寧なアドバイスを頂戴し心より御礼申し上げます。当日は住居学科からも沢山の先生方が学生たちの発表を見守ってくださいました。また今回オンライン開催のため、応募学生の皆様、そして、住居学科の先生方、住居の会会員の皆様に例年以上のご協力をいただきました。この場を借りて無事開催ができたことを改めて御礼申し上げます。

応募学生、選定委員、住居の会林賞担当の皆さん