第20回林雅子賞『SCALE TRANSER -建築的想像と創造の世界を拡張するゲーム体験-』兼高 彩乃(かねたか あやの)

第20回 林雅子賞選定会のご報告 ~受賞作品紹介・講評~

日  時:2022年2月19日(土) 13時~20時
場  所:百二十年館大教室

選定委員長 :山梨 知彦 氏(建築家)日建設計
選定委員 :永山 祐子 氏(建築家)永山祐子建築設計
選定委員 :鈴木 陽子  氏(建築家・42回生)鈴木陽子建築設計事務所

今年度の選定会は21のエントリー作品を前に選定委員と応募学生が対面する形で実施されました。
会場は完成したばかりの百二十年館大教室で、会場の様子はウェビナーでオンライン配信され、43人に視聴していただきました。残念ながら新型コロナ感染症は収束していないため、一般見学者の募集はせず在学生のみ見学可としました。
応募学生によるプレゼンテーション、質疑応答、選定委員の投票、選定委員間のディスカッションを経て下記の4作品が林雅子賞及び選定委員特別賞に選ばれました。(再投票は行なっていないので削除)
林雅子賞受賞者には賞状と副賞「新・空間の骨格 林雅子のディテール②」(彰国社)が、選定委員特別賞受賞者には賞状が贈呈されました。
 
研究と試行錯誤を繰り返して完成したバラエティに富んだ応募作品そして選定委員の先生方の批評と温かいアドバイスにより大変充実した選定会となりました。
 
選定委員の先生方と多大なご協力をいただいた学科の先生方に心から感謝いたします。

応募学生によるプレゼンテーション、質疑応答、その後選定委員が投票し受賞候補作品が数点に絞られ、ディスカッション、再投票を経て、下記の4作品が林雅子賞及び選定委員特別賞に選ばれました。おめでとうございます!

受賞者には賞状、林雅子賞受賞者には副賞として書籍「新・空間の骨格 林雅子のディテール②」(彰国社)が贈呈されました。


☆林雅子賞☆
兼高 彩乃さん『SCALE TRANSER -建築的想像と創造の世界を拡張するゲーム体験-』

上記画像をクリックすると拡大されます。
★ゲーム作品の体験は下記リンクへ (2分20秒)
https://youtu.be/o5t8szFyLbc

★兼高さんのTwitter
https://t.co/m30dPvizTy (#かってに卒制展2022)

<兼高さんのコメント>
この度は林雅子賞という大変光栄な賞を頂くことができ、嬉しく思います。今回の私の作品はゲームであり、体験する際は自身の身体スケールを自在に変化させながら日常空間を動き回ることができるようになっています。スケールを変えることで、今までとは異なる空間の捉え方ができるようにもなります。これにより、建築分野で用いられているスケール変換に対して、面白さを感じる人が増えれば、そして誰かの想像や創造の手助けとなれれば幸いです。


☆山梨知彦選定委員特別賞☆
尾﨑美都さん『鎌倉五差路の家多世代居住の可能性を探る

<尾﨑さんのコメント>
本設計では、地縁の希薄化に伴う現代人の「孤立」問題を踏まえ、ドイツ「多世代の家」を参考とした多世代型集合住宅を提案しました。敷地は鎌倉市御成商店街の五差路周辺とし、周辺店舗や自治体を取り込みながら回遊性を持たせた配置計画を行うことで、地域全体での多世代居住を目指しています。多世代居住は、ライフスタイルや思考の多様性につながるため、私たち誰にとっても価値あることだと考えます。選定会で得られた刺激を糧に今後もテーマを深めていきたいです。


☆永山祐子選定委員特別賞☆
小口真由さん『“今ここ感”の創出「他者と他者の不在」との遭遇

<小口さんのコメント>
今私は確かにここにいると感じられる経験を“今ここ感”とし、対人的次元と非対人的次元に分けて分析しました。そこから得た手法を用いて設計することで、この地域に根差せていないという孤独を抱く人々が、今ここにいると感じられる集合住宅を提案しました。
自分が感じる孤独や感覚に向き合い、一つのモノを作ることは難しく苦しいものでしたが、このように賞を頂けて大変嬉しく思います。この経験を糧にこれからも頑張ります。


☆鈴木陽子選定委員特別賞☆
坂本歩美さん『建築的エコロジカルシステムの形成竹活用の推進と循環利用


<坂本さんのコメント>
日本において竹は古くから人の生活と共に存在し様々な形で利用されていたが、需要が減り多くの竹林が放棄された。竹の成長速度により年々竹林の規模は拡大し各地で「竹害」という問題が引き起こされている。一方で竹材はその成長速度や弾力性・サスティナブル性が注目され、建築家のヴォ・チョン・ギア氏を筆頭に近年脚光を浴びている素材である。しかし、竹材自体の物性値の解明やその構造物の解析はなされておらず建築としての安全性を確立できていない。物性値の解明と構造形態の考察を行うことで今後の竹材の建材としての活用に貢献できると考える。上記の「竹害」「建材活用」に焦点を当てた「竹の製材所」を提案し、竹材の建築への利用可能性と運用方法を提案する。


■選定委員長 山梨 知彦 氏 講評

二十周年を迎えた林雅子賞の選定会に、選定委員長として参加させていただきました。

今年の選定会は21名の学生が参加され、コロナ禍ではありましたが、なんとか対面での開催が出来ました。自主応募の故かはたまた校風故か、いずれのプレゼンターも持ち時間をフルに使って熱弁を振るわれ、審査にも自ずと熱が入り大幅な時間超過となりました。

一次審査の結果、04.SCALE TRANSER、08.建築的エコロジカルシステムの形成、13.”今ここ感”の創出、15.鎌倉五差路の家、の4作品がすべての審査員から得票を集めましたが、議論の結果、「SCALE TRANSER」を本年の林雅子賞として選定させていただきました。

同作品は建築物の設計ではなく、ゲームプログラムとしてまとめられた異色の卒業設計です。データドリブンの社会情勢や、現在もなお進行中のコロナ禍による種々の抑制を実体験したためか、この作品に限らず、数値データやそのデジタル処理から組み上げられた建築に対する身体レベルでの疑問が共有され、それを超克すべく五感をベースに「リアルな建築」をつくろうとする姿勢を強く感じました。
こういった問題意識に対して、多くの応募作品は身体性を頼りに建築で答えていました。そんな中、SCALE TRANSERだけがコンピューターゲームというデジタル側から、逆説的に新しい「リアルな建築」へとアプローチしていることが新鮮でした。この作品は、自室の中のありふれた風景を、デジタル化し/スケールを変え/さらにノイズを加え抽象化することで、新たな建築の創造をインスパイヤーする画像を紡ぎ出すといったものです。デジタルでありながらこれまでのデジタルデザインとは異なる新たな可能性を感じさせるもので、高く評価されました。

選定委員特別賞(山梨賞)には、「鎌倉五差路の家」を選定させていただきました。この作品は、五差路を囲む街区に実際に生じている未利用用地をつなぐことで生まれる円環状のつながりを見つけ出し、逸脱して大きいコミュニティ施設や集合住宅をスケール感を損なうことなく挿入することに成功し、同時に新たに円環状のアクティビティを生み出すことを狙った意欲的な作品でした

他にも、1.(大野さん)3.(墨屋さん)9.(古屋敷さん)など魅力あふれる作品に触れることが出来ましたが、全ての作品のレベルはきっ抗しており、会の流れが一つ変われば、結果も大きく変わったであろうと感じました。

唯一気になったことは、多くの作品において寸法に対する意識が希薄に感じられたことです。林先生の持つ独特のスケール感は、研ぎ澄まされた感性で適切な「寸法」を建築各部に与えたことから生まれたのではないでしょうか。コンセプト、ナラティブ、素材の追及も大切ですが、建築意匠系学科出身者が持つ強みの一つは、アイデアに適切な寸法を与えることが出来る能力ではないかと思っています。いかがでしょうか。


■選定委員 鈴木 陽子 氏 講評

今年は21作品と、多くの学生(学部生14名・院生7名)のエントリーがあり、それぞれが自身の率直な感覚や興味から深く思考し、建築として表現する喜びが伝わってきて、見ごたえのある選定会でした。1次審査で一人8票を投じたところ、三人の選定委員全員から票を得たのがちょうど4作品でしたので、林雅子賞と各賞はその4作品に贈られました。

永山祐子賞に選ばれたのは、小口真由さんの「“今ここ感”の創出―「他者と他者の不在」との遭遇―」です。“今ここ感”とは、自分が今、ここに居るというリアルな感覚を意味する造語で、都心の画一化された住空間では得られない“今ここ感”を取り戻す集合住宅の提案でした。なじみのある環境を題材に、意外性のあるプランを散りばめ“今ここ感”を追求する瑞々しい作品は、言葉と空間の掛け合わせにインパクトがありました。作品を読み込む過程は、私自身の“今ここ感”と向き合う機会となり、その可愛らしい語感とうらはらに、時間と空間が一点に絞られた言葉は、即今当処自己という禅語を彷彿させ、住むこととは生きることだと改めて感じることができました。

鈴木賞には、坂本歩美さんの「建築的エコロジカルシステムの形成―竹活用の推進と循環利用―」を選びました。放置された竹林の整備に自主的に取り組む地域住民たちの活動拠点を竹構造でつくる提案です。地域活動のプレイヤーが可視化される場所の価値はすっと共感できました。竹の特性を活かした、しなやかで透け感のある開放的な建築は、ダイナミックでありながら、地形(葉山町の急傾斜地)と調和し、風景の一部になっていると感じました。人々の営みと建築と地域環境が伸びやかに連続していることに加え、人の手によって、竹林と建築が刻々と更新されていく時間的な連続性をあわせもつ作品として評価しました。


<選定会場風景>