「座やまのべ」見学会のご報告

「座やまのべ」見学会に参加して

前日までの冷たい雨も上がり清々しい晴天に恵まれて、平成27年2月27日に「座やまのべ」見学会が早春の古都鎌倉にて開催されました。
今回の見学会には35名の方が参加し、昨年他界された小谷部育子先生を偲んで先生が晩年を過ごし活動された「座やまのべ」を中心に、周辺の静かな住宅街に点在する様々な建築物合計4か所を徒歩で散策しながら巡り、最後に小谷部先生の眠る光明寺へ墓参、合掌して解散となりました。

まず午前中は、旧前田侯爵家別邸(登録有形文化財)の「鎌倉文学館」と吉田五十八設計の「吉屋信子記念館」を2班に分かれて見学し、昼食会場である築70余年の老舗「松原庵」へと向かいました。

《鎌倉文学館》
「鎌倉文学館」は、三方を山に囲まれ南に由比ヶ浜の海を見下ろす広大な敷地に建つ、旧前田侯爵家の鎌倉別邸という由緒ある建物です。現在の洋館は昭和11年(1936)完成し、外観は洋風と和風が混在する独特なデザイン、内部もアールデコ様式の中に随所に和風様式が見られます。昭和58年(1983)鎌倉市に寄贈され、現在は鎌倉ゆかりの作家の資料館となっています。

訪れて門から木々の間の道を登って建物に着くと、まず別邸ならではの素晴らしい眺望に目を奪われます。そして車寄せから重厚な扉の玄関抜けて内部は、美しいステンドグラスやアールデコ様式の照明器具等、華美ではないが落ち着いて豊かな当時の別荘生活が偲ばれます。ベランダからは広大な芝生庭園と陽光の中に海を望むことができ、春と秋に咲き乱れる美しいバラ園の光景を想像するだけで豊な気持ちになりました。

庭園から見た鎌倉文学館
庭園から見た鎌倉文学館
鎌倉文学館車寄せ
鎌倉文学館車寄せ
ベランダ
ベランダ
ベランダより望む庭園と由比ヶ浜
ベランダより望む庭園と由比ヶ浜

《吉屋信子記念館》
「吉屋信子記念館」は昭和37年(1962)建築家吉田五十八が設計し小説家吉屋信子氏が晩年10年を過ごした家で、現在は鎌倉市に寄贈されています。
印象的な柿色の長い土塀の前を通って門をくぐり、枝垂れ梅や石灯籠も配された広い庭を横に見て玄関へと進み中に入ると壁面の柱梁、開口部、障子の桟等、内部全てに優れたプロポーションが見られます。各部屋は外部と密接に関わり、応接室と和室には庭を内部に取り込む大きな掃出し窓、寝室と書斎には外部空間を意匠的に切り取った窓、そして障子は春の陽光を柔らかく受け明るく輝いていました。また、応接室天井の目地は銀色でリズミカルに斜めに走り、書斎は収納も照明も部屋と一体化して見事にピントが机前の外の藤棚風景に向けられている等、近代的な設計とこれらの丁寧なディテールを実現する当時の職人さんの技術にも感心しました。
 明治生まれで洋装をまとい、洋風の暮しを愛したというモダンな吉屋氏。その彼女が晩年を過ごした、広い庭と一体となった心地よい空間に私達も魅了されたひとときでした。

吉屋信子記念館土塀
吉屋信子記念館土塀
応接室
応接室
寝室開口部障子
寝室開口部障子
書斎
書斎

 

この後参加者全員で、老舗蕎麦料理店「松原庵」にて昼食をとりました。木々に囲まれ落ち着いた雰囲気の日本家屋と、屋外にはテラス席を持つ老舗ながらお洒落なお店で、お刺身や焼き物煮物が少しずつ綺麗に乗ったお皿、美味しい天ぷらとお蕎麦をいただき、皆さん初対面でもお話が和やかに弾んで大満足な昼食会となりました。

《座やまのべ》
昼食後、昨年秋にお亡くなりになるまでの晩年、故小谷部先生がパートナーの山崎一眞氏とお住まいだった、築80年の古民家を取得して改修された、材木座の「座やまのべ」へと移動。自己の生きがいのままに、コミュニティの充実と形成をみずから実践するという活動を共にされた42回生の鈴木陽子さんにお話を伺いながらの見学でした。

1.民家の取得と改修
キーワード:市中林居(しちゅうりんきょ。茶道の言葉、市中山居より)
市街地にいながらにして林の中に住んでいるような住み心地、風情に魅かれて手に入れられ、街と建物と人の多様なつながりを形にするため、庭を3つに分け、外構に力を入れたとのこと。お庭はぐるりと廻れるように変わっています。丹精されたであろう梅の花が見事に咲いていました。

南側道路に面し、地域に開かれた「前の庭」
南側道路に面し、地域に開かれた「前の庭」

 

広い縁側を介して広間とつながる西側の「中の庭」
広い縁側を介して広間とつながる西側の「中の庭」
菜園やウッドデッキのある北側のプライベートな「奥の庭」
菜園やウッドデッキのある北側のプライベートな「奥の庭」

室内の改修については、まずは相当に大変だったと想像に難くない片付けとお掃除から。北と東側に水回りが集中している為、冬部屋と称して、キッチン、ダイニング、洗面トイレ、浴室と寝室は全面改装して洋式になっています。

その反対に、西向きの和室ふた間続きの広間は、夏部屋と称し、改修程度の手入れに留め、折れてしまった繊細なデザインの障子の桟などは、その部分だけをカットして取り外してあり、それがまたなんとも自然でした。
また、夏部屋と冬部屋の内部、オープンなスペースとプライベートなスペースとの動線も、まわれるように機能的に確保されました。2階は事務室と予備室に改装。

2.座やまのべの活動
キーワード:一座建立(いちざこんりゅう)
住まいと街をつなげ、人と人がつながる住まい方を求めて、訪れた人々と一座建立の間柄(主人とお客が一つの時間、空間を一体となって創り上げるといったような茶道などで使われる言葉)でいたいと、実験的な試みを始められました。
開放的な前庭を中心とした活動、開放した広間の維持活動、床の間、生け花などで季節感を設えに表わして、建物内覧会や知人を通じた申込みのイベントの開催や、談話室という名称の定期的な茶話会など、その活動の内容をまとめたやまのべ便りという会報も発行されています。

和室内部
和室内部

 

3.鎌倉・湘南景観フォーラムの設立
美しい自然環境と歴史的遺産をもつこの地の景観と生活環境を、住民が考え、守り育て、未来に向けて働きかけていく仕組みづくりと実践を目的としています。
残念ながら、山崎氏ご不在の折りの訪問となりましたが、お二人のお住まいのあり方、住まい方に思いを馳せながら、どこか懐かしく、心揺さぶられるひと時でした。今後の活動が引き続き展開し、発展していくことと信じています。生のご遺志を継いで、特別なことではなく、日常生活の普通の活動とおっしゃっていたのがとても印象に残りました。

先生のご遺志を継いで、特別なことではなく、日常生活の普通の活動とおっしゃっていたのがとても印象に残りました。

《麻原美子邸》 
 座やまのべに隣接した、国文科麻原美子名誉教授の、築80年の木造3階建ての貴重なお宅とお庭を訪問。

圧巻の一言。階高が高いので、3階建てと言っても、見上げると聳え立つかのようで、倒壊しないようにと20年前に補強として取り付けられた袖壁も、すっかり馴染んでいます。内部の意匠は隅々まで繊細で、ここが別荘地であったことが偲ばれ、先生の沢山の蔵書も、お住まいと一体となっているかのようでした。
どこまでがお庭なのかと思うほど、目の前の山と一体となった、羨ましいほどの美しく迫力ある庭園。寒くて使いにくいかもしれない建物内のお部屋で、維持管理のご苦労と供に、四季折々のお庭を眺めながら、ゆったりとした時を大切になさっているのだと感じました。

麻原美子邸:建物
麻原美子邸:建物
麻原美子邸:庭
麻原美子邸:庭

 

見学会の最後に、皆で小谷部先生の眠る光明寺へお参りし、合掌して散会となりました。

《全体の感想》
まずは物を片付け、掃除をして手入れをするという耳の痛いお話も伺いながら、もともとは別荘地であった魅力的な佇まいの鎌倉の街、建物を通して、この地に住まうのだ、生きるのだという思いをひしひしと感じ、まさに慈しむという言葉が浮かんだ見学会でした。

最後になりましたが、お志半ばで亡くなられた小谷部育子先生のご冥福を、改めて心よりお祈り申し上げます。

文:HP係 神山・小竹