住居の会主催「富岡製糸場と養蚕農家群見学 バスツアー」のご報告

住居の会主催「富岡製糸場と養蚕農家群見学 バスツアー」のご報告

2017年度の企画第二弾は、初のバスツアーです。

10月25日(水)雨の中、44名の参加者があり、目白駅を7時50分頃出発しました。

バスの中では、今回も藤井恵介教授、小川信子先生の楽しいお話があり、資料も配布され、見学の予備知識となりました。
途中トイレ休憩をはさみ1時間半で島村(伊勢崎市)に到着しました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

先ず島村(伊勢崎市)養蚕農家群の田島弥平旧宅の見学です。

田島弥平は、優良な養蚕のために「清涼育」をうみだしました。長大な主屋の2階を養蚕室として、屋根の上に換気のための櫓(やぐら)を設けました。現在は養蚕室としては使われていませんが、全国に普及した養蚕農家の建築様式の原型がこの田島弥平旧宅です。

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

なお弥平は、仲間と共に島村勧業会社を設立して横浜での輸出貿易に携わり、養種をイタリアに輸出しました。また明治4年に復活した宮中での御養蚕を最初に指導した人でもあります。

 

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

IMG_2975

見学の後は、頃合いとなり、レストラン「ザ・ジョージアンハウス」にて和やかに昼食タイム・・・。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

 

 

 

 

 

さてお腹も満足したところで、次は高山社跡の見学です。

高山社とは養蚕技術を教える私塾です。「清温育」という室温を保つ蚕の飼育方法を確立し、作り付け火鉢のような装置で室温調整をしていました。

国内、韓国、中国から生徒が集まり2万人近い卒業生を輩出したそうです。
この高山社中2万人という数字には驚かされました。
そこで学んだ人たちが故郷に技術を伝え、高品質の絹製品を生産して商工業を興したのですね。女子大の校歌「ここに生まれて日本の文化をおこす使命あり」を思い出しました。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

次はいよいよ富岡製糸場の見学です。繭になった蚕から糸を製糸する工場です。
もう三時半になっていましたが、バスハイクなので心おきなく見学ができます。

明治政府は、フランス人技術者ブリュナを雇い入れ、その指導のもと明治5年に富岡製糸場は操業を開始しました。

明治26年に三井家に払い下げられ、日本の殖産興業をおおいに下支えしたのです。

その後、昭和13年以降は片倉製糸紡績株式に引き継がれ、昭和62年操業を停止しました。

そして平成26年6月26日に世界遺産に登録されました。
現地では元呉服商のガイドさんがとても熱心に説明してくださいました。明治以来、短い期間で完成の域に達した「世界に冠たる日本の養蚕製糸技術」
その素晴らしさを改めて感じるとともに、日本の絹がこの半世紀で壊滅したことに、寂しさと感慨を覚えずにはいられませんでした。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

現在一部修復中でしたが修復の現場も見学できました。

今回時間の関係で見学できなかった荒船風穴蚕種貯蔵所跡は、蚕の種紙(種とは卵のことです。卵をつけた紙)を貯蔵し、孵化の時期を調節して出荷し、養蚕飼育の多回孵化を可能にしました。

このような養蚕技術は現代ではあまり知られていません。均一・高品質・大量生産が可能な技術だったわけです。

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

雨天ではありましたが秋の一日、富岡製糸場と周りの養蚕農家群を見学でき、大変勉強にもなった楽しい見学会でした。

また信子先生をはじめ80代の先輩方の参加には勇気づけられたことでした。

バスハイクならでは、参加者の年齢層も広く、遠距離、長時間の見学が効率よく実現しました。また車中で仮眠をとれたせいか、さほどの疲れも感じませんでした。

紅葉には少し早かったようですが、茜色の夕焼けに見送られ、無事19時40分頃新宿に戻ってこられました。
(記事:企画係 林・小林、写真:HP係)