第16回 林雅子賞『堆積の器 ―身体や時間のものさしとなる建築― 』殿前莉世(とのまえ りせ)

第16回林雅子賞選定会のご報告

第16回 林雅子賞
日時:2018年2月17日(土)
選定委員長:田根 剛(建築家)
選定委員:吉村 靖孝(建築家)
選定委員:田邊 曜(建築家/52回生)
会場:日本女子大学 新泉山館大会議室

 

 

 

 

 

今回の林雅子賞は、
殿前莉世さん「堆積の器 ―身体や時間のものさしとなる建築― 」(PDF)が受賞されました。

 ■総 論

2月17日(土)、第16回林雅子賞選定会が新泉山館にて開催された。審査委員長には田根剛先生、審査員に吉村靖孝先生、田邊曜先生をお迎えし、15点の応募作品を対象に審査が行われた。プレゼンテーション後に質疑応答へと進められ、先生方が公開投票まで終えたところで、“言い足りない事、追加説明したい事”を伝える機会が学生に与えられた。目の前の投票結果を覆すべく躊躇なく学生の挙手が続き、自作品に関する追加説明や説得が行われ、この議論を踏まえた上で、最終的に林雅子賞1作品、審査委員特別賞3作品が選定された。

当選定会の中では、審査委員の先生方から「場所設定(ここでしか創れないものを創る重要さ)を大切にしてほしい」「提案内容を論理的・文脈的に位置付ける力を養うとより良い」「これを機に建築との関わり方を見つけ今後活かしてほしい」「深く考え続けることは必ず自分に残る。大事にしてほしい」など、多くの厳しくも温かいアドバイスが伝えられた。

また一方で「この大学は“私はこれがやりたい”がはっきりしている。そのエネルギーが伝わってきて清々しくワクワクした。」「実社会でも“創りたい”意志を持つから皆がサポートしてくれる構図がある。この意志を持ち続け設計活動を続けてほしい」など、自身の欲求としての設計意志の強さが印象的であったと評価・言及され、学生に力強いエールが送られた形で選定会が終了した。

※受賞作品については下記。

■第16回林雅子賞受賞作品 梗概と評価

○殿前莉世(とのまえ りせ)さん

「堆積の器 ―身体や時間のものさしとなる建築―

「極小から極大までのスケールを包含する建築は、人にどこまで影響を与え続けられるか」という課題意識、また「“利用者が”時間・物質のスケール変化を体験できる建築を創りたい」という設計意志に基づいた提案である。敷地として葛西海浜公園が選定されたが、ランドスケールが切り替わる川と海の境目であり、時間変化で潮の満ち引き:水位変動する場であるなど、設計意図を具現化するに必要な環境が紹介された。ここに階段蹴上200mmを基準とする同心円リングを重ねた巨大なコンクリートすり鉢を計画。地球にとって海水を受け入れる器、大地にとってごみ漂流所、人にとっては堆積物の博物館、魚にとっては漁礁となる居場所、と様々な表情を持つ。100年後は小さな生物の拠点、1000年後は建築が海底に沈み地球の一部となる、などダイナミックな時間スケールまで見通された作品。

【 評価 】
・「力作」「素晴らしい」と、全審査員が林雅子賞にふさわしい作品として高く評価。

・小さな円を中心に、空間的スケール・時間的スケール両方を一貫して追求し建築として成立させた点が審査員を感嘆させ、また「ファンタジーで面白い」と高い関心を呼んだ。

・敷地選定の必然性が、プレゼン・質疑応答を通して数多く語られ「この場だからこれを創る」説得力の高さも、大いに評価。

・例えば東北の堤防が人間の敗北モニュメントであるように、何かのオルタナティブとしての建築価値の可能性をも持つ、と評され、一層の期待が寄せられた。

各選定委員特別賞としては次の3作品が選ばれた。

◆田根選定委員特別賞

・津田加奈子(つだ かなこ)さん

「まちにほどける混在郷―インフラ化する庁舎建築」

点在した施設を連続的に繋げていくことで、周辺を巻き込みながら、ふくらんだ道にような庁舎を計画した。場所は北区王子を選定。分棟型庁舎の機能を保持したまま改築し、区が取得予定である工場用地の一部に新しい庁舎を新築しつつ、それらをスロープで繋げていき、さらに王子駅前のロータリーを拡張する。ほどけた道は王子駅前を横断し、ふくらみながら重なり合って、新しい庁舎を構成していく。また、新庁舎の機能にセレモニーホールや結婚式場を加え、かつて共同体の近くにあった冠婚葬祭に関わる施設を付加する。人を迎え入れることで、新規に活性化させるプログラムを構築。異なる秩序の混在の中に体験の記憶が重なり、風景が重層化していく空間の提案としている。

【評価】
・斬新で面白い。もっと「混在」させることで新しいレイヤが生まれていくのではと期待。

・繋いだことで分断されるこちら側と向こう側からもアプローチ出来るようになると、さらに広がりがでるのではないか。例えば上を歩けるようにするとか、下をくぐれるようにするなど。発展性のある作品と評価された。

◆吉村選定委員特別賞

・高藤万葉(たかとう まよ)さん

「しきりによるまちのリノベーションー建具、障・屏具による境界の再構築」

既存の建物に旧い建具を取り付けることによって、ゆるやかに新たな境界を生み出し、街全体を新しく構築し直した計画。木材の街、木場では、東日本大震災の際、倒壊も見られ、一部には建具の損壊もあった。今回、新たな建具を取り付けることによって柔らかな境界をもつ街を再構築し、新たな文化の発信地を提案した。建具は伝統的建築の旧いものを用い、外部・内部、周辺環境によって使い分け、趣きを博した。襖、障子を含む日本の伝統的建具はゆるやかな“しきり”を生み出し、街の表情に安らぎを与え、建具の持つ境界の作り方を再考させられる作品となった。

【評価】
・模型が素晴らしい。木造建築の華奢なプロポーションが興味深い。

・木場の水辺の在り方などをもっと計画に取り込んだら、場所の選定がさらに生きてきただろう。

◆田邊選考委員特別賞

・平井未央(ひらい みお)

「緑の下のまちー基礎が導く私有公用―」
福井県は、日本総合研究所発表の「2016年度47都道府県 幸福度ランキング」において3度目の1位となったが、日本評論社による「主観的幸福度調査」よると31位という結果になった。主観的幸福度と客観的幸福度に大きなずれが生じている。このずれを埋め、住民達が社会に対して役割を担い、一時的ではない幸福感を感じることができる場を設計する。

福井市は常に大きなハコ(地域施設)を住宅地から離れた元農地に置いてきたが、保守的な福井市は、外部からのソフトを持ってきても定着せず、ハコだけが取り残される。この状況を回避するために住宅地という日常の中に人が自然と集まる公共施設を立ち上げる設計をする。

これらの目的の研究対象地として、福井市の中心部から2km離れたみのり地区を選択した。みのり地区は平成8年にできた新興住宅地だが、平成16年の福井豪雨で被災し、初めの住民が住宅地の値下げに反対のため、買い手が現れない空き地が残っている状態である。

私有地の最大化―「みんなのものであり誰のものでもない」公共空間を「みんなのものであり、私のもの」という状態をつくり、愛着心と定着を実現するために、既存住宅の1階を公共空間として開放するという提案である。

新・基礎―高さ80cmの新基礎、洪水で腐敗したであろう柱下部を切断。新基礎は、住宅を支える基盤だけではなく、まちの交流を支える基盤の役割も果たす提案でもある。

区画を一つの建築と捉え、住居はその建築の部屋と捉える。部屋同士は1階で穏やかにつながるように、宿泊施設兼住民のシェア空間(図書館、銭湯、ギャラリー、コインランドリー、シェアーキッチン・オフィス、チャレンジショップなど)を配置している。

設計手法として、鉄骨フレームによる補強、備えの基礎、かまくらカーテンと床暖房基礎が使われている。

【評価】
・高さのある新・基礎を作ることにより、起こりうるであろう浸水から家を守り、1階には地域施設を作り、一つの建築化とした区画の内外の住民が使い守っていく提案は斬新であり、面白いと評価された。

・現在の住民の家族人数は減ったとはいえ、現状の住宅の1階部分をとってしまうのはどうかという意見も出た。

・高床式住居、竪穴式住居を思い浮かべる作品である、しかし1階は室内である。水害は日本にも多いが、東南アジア諸国にも多い。他国のどういう生活をし、どういう対策かの検討も必要ではないか?

林賞 講評

選定委員長より 選定委員長 田根 剛氏

此の度、日本女子大学住居学科の林雅子賞の選定会に参加させて頂いた。普段、自分はパリに拠点を構えているため、貴重な機会となりました。その一方で、これまであまり日本での大学の卒業制作の審査をしたことがなかった。ヨーロッパに来てから16年が経ち、こちらでの大学の経験や5年ほど前から教え始めたコロンビア大学のデザイン・スタジオでの授業でも建築の議論や問題を活発に話し合うことから「学びの場」が開かれている。ヨーロッパではEUが国境をゆるやかに解放したこともあり、大学から仕事場まで既にさまざまな人種や国籍が入り混じり、国際色豊かな環境のなかで「建築とはなにか」を問い続けることが、建築の未来を考えることになっている。近代社会の終焉がさしせまり、都市や地方や地域または環境問題の課題が根深くなっていくなかで、建築が問題解決や予定調和にとどまらず、未来を切り拓くような斬新さが必要な時代だと思っている。

今回の選定会では、学部生と院生の15作品が混ざり合いながら展示され、プレゼンテーションを行う方式だった。前半はグループ・プレゼンを元に短時間での質疑応答が繰り返され、また次のグループへと移行する。すると次のグループはまた短時間で個々がプレゼンを行い端的な質疑応答で時間切れとなり、次のグループへと移行する、なんとも慌ただしいスタートであった。
そこで後半は「議論」を中心としたいと思った。それはこの審査が公開であること、そして公開で議論を重ねることで、それまでには理解されていなかった可能性を引き出すことが、結果としてこの選定会をとおして「建築とはなにか」をその場にいる全員で考える時間と場所にしたいと思ったからである。

残念ながら、これまでの日本の教育では「議論」から「思考」を生み出す教育が根付いていない。思考とはひとりで考え、ひとりで答えを導き出すように教育されている。しかし思考には「議論」から「思考の発展」が生まれることもある。

審査会後半では、審査票とは別に議論の場を促すために自主的な発言を求めた。遠慮をするとチャンスを失い、未来を失う。そのような緊迫したなかで参加者が自己アピールを繰り返し、予想に反して様々な議論が沸き起こった。そして審査員から投げかける鋭い質疑に対しても必死になって応えようとしてくれた。自分には、その議論の片鱗にみえた「何かをしたい」という逞しさこそが建築をうみだす原動力ではないかと思った。

最終的な審査結果は、今回の審査員を共にした吉村靖孝さんと田邊曜さんとも満場一致で殿前莉世さんの「蓄積の器」が林賞に選出された。思考を物質化していく作業のなかで「身体—時間—建築」がひとつの場を生み出す力を予感させる素晴らしい提案だった。そして同時に、この審査会をとおして作品の良し悪しよりも、最後まで「建築とはなにか」ということを参加者全員で考え続ける時間であったと思う。建築は考え続け、考え続けた先に未来がある。この卒業制作を機に、また次なる建築を生み出していく次世代が、建築をより大きく、未来への可能性につなげていってくれることを期待している。